◎かみさま、お願い(花宮)※注意
目覚ましで飛び起きる。今日も1日が始まったなって思いながら、なんとか布団から起き上がる。顔を洗う、トイレに行く、いつもの見慣れた制服に腕を通す。
でも今日は、いつもと同じ平日の、ちょっとだけ特別な日だ。
布団から飛び上がった勢いのまま、私は窓に手をかけた。ぐっと力をいれ、窓を開けて、さらにその向こう側の窓に手をかける。いまだに鍵をかけるクセがついてない窓にほっとしながら、私は勢いよく窓を開けた。
「まこちゃん!お誕生日おめでとう!」
飛び込んでちょうどベッドの上に飛び乗った私を見たまこちゃんは、私が今まで見たこと無いほど驚いた顔をしていて、
「おま・・なん、で?」
まだすっごい寝ぼけているみたいだった。
かみさま、おねがい
「ふふ、びっくりした?まこちゃん18さいだね!結婚出来るね!」
「そ、うだけど、どっからきたんだよ」
一度私は自分の部屋に戻って制服を着てから、いつもの時間に玄関を出た。もう朝練をする必要のないまこちゃんは、私が玄関を出るのとぴったりで家から出てきた。もう寝ぼけてもいない、しっかり意識を覚醒させていた。
私はまこちゃんと登校出来るのが嬉しかった。小学校までは毎日同じ登校班だった。でも中学からバスケ部に入ったまこちゃんは、想像以上にどんどん上達した。気づいた時には一緒に登校できる日なんて週に1度か2度になった。
「窓、開いてたよ?不用心だな〜しっかり戸締まりしてから寝なきゃだめだよ?」
雪が積もっている。この地域では珍しい雪だった。さくさくとした雪は所々凍っていて、空気も澄み切っている。冬の空気は大好きだ。
「あんな壁と壁の隙間が10センチのとこから、誰も入ってこねーよ」
フハっと笑うまこちゃんの口から、白い空気が漂う。まこちゃんはポケットに手をつっこんでいても、氷の上を器用に歩いている。私はなんだか嬉しくなって、ぎゅっと腕にしがみついた。なんだよって言われたけど、振り解こうとしなかった。転んだ時に道連れだよって言い返すと、そんなどんくさくねーよと返された。
「今日自由登校だぞ、なんでわざわざ制服着るんだよ」
「うん、えっと、まこちゃんのバスケ見たいなーって思って。」
「はぁ!?」
学校の開いている体育館でバスケしてって頼んだらなんでだよと言われた。
腕鈍ってないか見てあげると言ったらどつかれた。
「お願い!ね!お願い!ちょっとでいいから!」
まこちゃんはそれ以上何も言わなかった。だめとも、いいとも言わない。けれど、騒がしい校舎じゃなく、静かでいっそうと寒々しい体育館へと向かってくれた。
体育館には誰もいない。ローファーを脱いで体育館に上がったら、床が冷たくてびっくりした。こんな寒いところで、まこちゃんは毎日の様に朝練して、午後も部活してたんだなって思ったら、どうして今まで一度もこなかったんだろってちょっとだけ後悔した。
体育倉庫からボールをいくつかくすねる。薄暗くて埃っぽくて、狭い体育倉庫を慣れたように入ったまこちゃんの背中を見たまま、私は扉の前でたっていた。くしゃみでそう。
まこちゃんは上手にシュートを決めてくれた。すごいすごい!と手を叩く私に、こんなことではしゃいでんなって笑われた。
それでも私は、まこちゃんのバスケ姿を、数える程度しか見たことがない。
まこちゃんは、私にあんまりバスケを見せてくれなかった。というよりも、ほとんどバスケの話しなんてしてくれなかった。試合も来なくていいって言われていたし、用もなく体育館くんなと釘をさされていて、バスケのルールはトラベリングしかしらないし、一緒にプレイしている友達すらあまり面識を持っていなかった。
でも、一度だけ、一緒にバスケをしたことがある。
家から少し離れたバスケットゴールのある公園で、まこちゃんのバスケの大きな試合が終って数日たって、そう、今日みたいにとびきり寒くて雪が降った数日後のよく晴れた日に。
「まこちゃん、れいあっぷシュート、やって!」
まこちゃんの動きはかろやかで、それでもシュートは何度か外してた。体鈍ってんじゃんって言ったら、こんだけ出来れば上等だろ、だって。
「おーい三年生、次ここ授業で体育館使うぞー!」
体育の先生だ。バレー部の顧問の先生。
「すいません、すぐかたします。」
「時間切れだねー」
まこちゃんと違って動いてないわたしは寒さでふるりと体の芯が震えた。さっさとボールを片付けたまこちゃんと体育館扉から出る時に、先生はまこちゃんに声をかけた。
「花宮、センターの結果完璧だったって?担任が誇らしげに職員室で自慢してたぞ」
快活そうな笑顔でぽんぽんとまこちゃんの肩を叩く。まこちゃんは小さくありがとうございますと返す。
「バスケの推薦、蹴った時は大変だっただろうけど、ま結果オーライだな。がんばれよ」
先生はそのまま体育館へと入っていった。私はまこちゃんが褒められて自分のことのように嬉しかったけど、まこちゃんはあんまり嬉しくなさそうだった。少し困ったように笑いながら、私にほら行くぞと言って先を歩き出した。
私はかけようと思った言葉をひとまずおいといて、まこちゃんの後を追いかけた。
「まこちゃん、」
校舎に入るかなと思ったけど、そのまままこちゃんは正門を出た。
「まこちゃん、私が急にこんなことしたから怒ってる?」
いつもより早足のまこちゃんに不安になって聞いてみる。校舎から出て、まこちゃんはどこへ行こうとしているんだろう。
「怒ってねーよ。」
「うそ!怒ってる!」
少し小走りでまこちゃんの前へ回り込み行く手を遮る。背の高いまこちゃんをぐっと見据えて、答えを聞くまで動かない姿勢をとる。
しばらくにらみ合いみたいにお互い一歩もゆずらず、というよりも、まこちゃんはなにか言いたそうで、けれども私はひかなかった。まこちゃんが何を言いたいのかよくわかっていた。よくわかっていても、譲らなかった。私だって言いたいことがあった。
禁句だった。私たちの中で、禁句の話題となった。
今までまこちゃんと過ごしてきて、お互い納得のいかないことなんていっぱいあった。でも空気を読んで、相手の為に言葉を選ぶことなんて、少なくとも私はしなかった。する必要なかった。
「まこちゃん、公園、いこっか」
私がそう切りだすと粗方予想がついていたのか、それとも気に食わなかっただけだったのか、私の提案にまこちゃんは眉をひそめる。気に入らない、って言葉にしてなくても伝わってきた。
まこちゃんの返事を待たず、今度は私が先立って歩き出す。家から少し離れたバスケットゴールのある公園。小さい頃は何度もそこで遊んでた。高校を上がってからは、あの寒い日に一度だけ行ったきりの。
公園はがらんとしていて誰もいない。ここに来るのは久々で、少し浮かれた気持ちで入った。もちろん、バスケットボールはないし、何か遊具があるわけではないけど思い出だけはいっぱいある。小さい頃はあの木によじ登って私は落ちたし、一輪車の練習もここでした。
「木登りも一輪車も、まこちゃんの方がずっと上手に出来たよね?」
私についてきていると思って振り返った先に、まこちゃんはいなかった。いないというよりも、私が予測してた距離にいなかった。まこちゃんは公園の入り口で立ち止まっていた。
真後ろにいると思ってたまこちゃんとの距離は3メートルも離れてた。たった3メートルがすごく離れて感じた。
まこちゃんはまっすぐ私を見てる。私もまこちゃんをまっすぐ見る。
言いたいことは沢山ある。けれどそれはまこちゃんだって同じなのを私はよくわかってた。
おいてかれる寂しさを、私はよくわかってる。私はいつもまこちゃんの背中を見ている側だったから、よくわかるよ。
「なんで、」
うん。
「なんであの時ボールなんか追いかけたんだよ…っ」
まこちゃん声はすごくすごく辛そうで、思わず涙が零れた。
ごめんなさい。それでも私は、まこちゃんの大切にしてるものを守りたかったんだ。
かみさまお願い、どうかどうか時間を戻して
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