◎ネクタイ(赤司)
「止まれ。」
決して怒鳴られたわけでも声をはりあげられてもいない。静かに、透きとおる声でただ、止まれとひとこと言われただけだった。
「あ…はい」
赤司先輩の、どことなく人を従わせる雰囲気のまま、私にまっすぐ声がかけられ、言われるがまま立ち止まった。
どきっとした私はそのまま後ろを振り向くことすら出来ず、一体何やらかしたんだと思いながら直立不動。
すれ違った距離から、赤司先輩が私の目の前までUターン。
足音すらしない丁寧な仕草で私を見下ろすと、自分の首もとをトントンと軽く叩いた。
「ネクタイはどうした?」
つられるように自分の首もとを触ると…ない。
朝練前まであったはずのネクタイが、ない。
自分でもわけがわからず、言い訳すら出てこない私に赤司くんが溜め息をひとつ。
こんな姿ですら様になるんだから、赤司様〜なんて呼んでる女の子の気持ちがよくよく理解できる。私には彼を目の前にして、いっそ軽々しく聞こえかねないそんな呼び方は出来ないけれど。
「登校時はしていただろ。更衣室にでも忘れたか?」
「はい…多分そうです。」
これから朝会もあるのに、ノータイはまずい。でも取りに戻ってる時間あるかな…
「仕方ないな。とりあえずこれを着けておけ。」
するっと首元からネクタイを引き抜いた赤司先輩は、あれよあれよという間に私の首元に自分のネクタイを引っ掛けた。
ワイシャツの衿をたててネクタイをあてがいバランスを整えると、素早い手つきでネクタイを結んだ。
たてた襟を戻される時、内側に入った赤司先輩の親指に、思わずびくっとしてしまった。決して恐かったわけじゃない!
ネクタイを部活の先輩に、ましてや「赤司様」とまで言われる彼に結ばれることなど、多分運は使い切ったな。
「すいません、ありがとうございます、」
頭を下げながらお礼を言い、でもと続けようとすると、
「僕のはどうにでもなるから気にするな。…それよりもあまり他人に隙を作らせるな。」
どういうことだと、あまり回転のよくない頭をおいてけぼりに、口からは反射条件の如くはいと返事がでた。とりあえずネクタイは忘れるのだけは避けよう。
分かってないで返事をしたことがバレてるのか、赤司先輩は苦笑いのまま私の首元にかけられた自分のネクタイを掬いあげる。
「良く似合ってるよ、」
その色。
あれ、学年色違うんだからどっちにしろ私、先生に怒られるよね?!
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