◎貴族パロ(花宮誕生日)


花宮家は朝からここ一番の忙しさを迎えていた。一家の長男が16歳の誕生日を迎えるという事は、ただひとつ年をとるという意味だけではなく成人を迎えるという意味合いを持っているのだ。つい先々週まで正月の慌ただしさと挨拶周りに明け暮れていたというのに、全く厄介な時期に生まれたものだと、張本人である花宮真が一番うっとおしく感じていた。

その盛大な成人の儀の為に昼間から時間を拘束される謂れはない。本邸を早足で歩きまわるメイドに見つからない為に、自室のバルコニーから外階段を使い階下へと下り、裏庭へと通い慣れた道を軽い足取りで進む。裏庭から森を少し歩けば、近隣の邸宅へとたどり着いた。その中でも一際趣きのあるレンガ造りの屋敷の正面へと向かう…ことはせず、自分の裏庭と簡易な柵で隔たれいてるだけの境界線を超え、これまた裏庭へと足を踏み入れた。

いつもなら一階にある締め切られたガラス張りのベランダから中にいる部屋主に声をかけるのだが、今日はそのガラス張りの大きな扉は開け放たれており、白いレースのカーテンが風で靡いている。

「花宮くん!」

換気でもしてるのか?と思考を巡らせる花宮に向かって、木の陰からこっちこっちと手招きする姿が現れた。日陰にいるとはいえ、帽子も被らず薄着でいる姿に眉を潜めながら、大股で近づいていく。

「体冷やすな。また寝込んでたいのか?」

有無を言わさず花宮が巻いていたマフラーを首にしっかりと巻きつけ、着ていたコートまで羽織らせる。いくら今日は天気が良いとはいえ、厚手のカーディガン一枚でいるとは関心出来ない。

「花宮くんが寒いよ!」

セーター姿になった花宮を見て上着を返そうとするがギロリと睨まれた。黙って着ていろと目が語っていて言葉に甘えると同時に、迂闊だったなと考える。

「えっと…お家、抜けだしてきて大丈夫、じゃない、よね?」

セーターに埋もれないようにしながら、今日の主役がこんな所にいていいはずがないと心配になる。今日だけではなく、ここ一週間は毎日忙しいと聞いていた。この時期になると毎年の様に忙しいのは恒例ではあるものの、成人の儀を迎える今年は例年よりも遥かに慌ただしいと誰もが口をそろえていた。ベッドで横になっていた自分にはその喧騒とは程遠かったものの、交流の深い花宮家にこちらからもメイドが何人か手伝いにいっていたはずだった。

「準備は俺がするわけじゃねーんだから平気だろ」

とは言っても長居は出来ないだろう。そして今までのように、明日からはバルコニーを下って裏庭から会いに来ることももう出来ないだろう事も、花宮自身分かっているからこそ、忙しいスケジュールの合間を縫って会いにきたのだった。この、病弱な幼馴染の様子を見にくる為に。

「そっか。あのね、花宮くん、」

申し訳無さと、それでも今日この日に会いに来てくれた嬉しさをぎゅっと体に押しとどめながら、木にひっかけていた色とりどりな花で作られた花の冠を手に取り、おずおずと花宮へと差し出す。

「お誕生日、おめでとう。ごめんね、こんなので。それと・・・」

小さな花が零れ落ちそうだが、意外にもしっかりと編まれている事が伺える。花冠を持つ小さな白い手は、じんわりと赤くなっており長時間外でこの作業をしていた事を伝えていた。

「婚約、おめでとうございます。」

俯いていた顔を上げ、にこりを笑顔を見せる。その笑顔を何十回も見たことのある花宮にとってそれが彼女が心から嬉しい時の顔ではないと分かってはいたが、特に指摘する事はしなかった。しても、どうにもならない事は花宮が一番よく分かっていた。小さな手から花冠を受け取った花宮は、それを目の前の小さな頭の上に乗っけた。家に持ち込めないと分かっているからこその、花冠だったのだ。気持ちと一緒に形だけでも何かを贈りたいと思った苦肉の策だった。

一度受け取った花宮も、言われるまでもなく、敢えて朽ちていく花冠を贈られた意味は察していた。だからといって受け取ったという仮初の思いやりだけ与えて、自分の家に戻る前にそっとどこかに捨て置くなんて出来そうにもなかった。男である自分がこの花冠を持ち帰って、果たしてそれがいつまで許される行為なのだろうか。
小さな頭には少し大きい花冠は、それでもよく似合っていた。仰々しい宝石の冠でも、輝くティアラでもなく、質素な花冠が彼女によく似合う飾りだ。永遠には続かないその場限りの冠は、風にふかれて花びらが数枚散っていく。

「実はブーケもあるの」

花冠を乗っけられた恥ずかしさにえへへと笑って木の影に隠していたリボンで巻かれたブーケを手渡す。素直に受け取ると、彼女の小さな手が口元を抑え小さく咳き込んだ。一体何時間外にいたんだと小さく舌打ちした花宮は、肩を押して部屋へと戻るように促すが、弱い力で抵抗された。

「待って、お願い。もう少しだけ」

「またベッドの上だけの生活になりたいのかよ。」

幾分顔色が悪い顔を見てヒヤリとする。年末にまた熱が上がったと聞いていたが、きっとまたぶり返すに違いなかった。花宮が小さな体を抱えてベッドに運ぶことは簡単な事ではあったが、それでも滅多に口に出さないお願いという言葉に体が踏みとどまる。

「ねえ花宮くん、もうきっと最後だね。」

どちらも話題にしなかった事を言葉にされて、花宮の喉がひゅっと鳴った。暇が出来れば寝込んでいようと、そうでなかろうと様子を見に行き少ないながらも言葉は交わしていたが、直接的にこの話はした事がなかった。否、花宮自身が避けていたのだ。見ないように、遠ざけるようにして、また、いつか、もしかしたら。そんなバカらしい希望をどっかで望んでいたのだ。

「ありがとう。今までこんな私を大切にしてくれて。」

明日からは、公認の場で、一線を引いてでしか会えなくなる。場を弁えた付き合いをする不便さが面倒で、わざわざこの様な会い方をしてきた。16年間、幼馴染として異性という不便さの中で上手く交流してこれたのは花宮のおかげだった。けれど、その一線を明確にしようとけじめをつけたのは彼女の方だった。
花宮から身体を離し、上着を脱いで手渡す。一歩下がりながら手を上げ小さく振った。それはもう行ってという合図を示していた。

「…また様子見に来る。おとなしく寝てろ。」

「うん」

受け取った上着を腕にかけ、ブーケを握った花宮は踵を返すと足早に裏庭を横切った。しばらくその背中を見送るが、なかなか自室に戻る気持ちになれない。本当に欲しかった未来が手に入らない覚悟は、もうずっと前からしていたはずなのに。


「お嬢様!こんな所にいらして、お体に触りますよ!」

様子を見に部屋を訪れたメイドは慌ててブランケットを手に取り、駆け足で裏庭へとやってくる。

「藤沢さん、来世って信じますか?」

「もうほら暖かい紅茶いれますから、って。え?来世、でございますか?」

「ううん、なんでもない!私ミルクティーが飲みたいな。はちみつたっぷりの!」

「…はちみつは程々です!虫歯になってしまわれます。」

涙でいっぱいの瞳を見てみぬふりしたメイドは、そっと自室へと促し小さな頭から外した花冠を丁寧に机へと置いた。本の世界しかしらない女の子に、来世という小さな希望を灯すことも、消すことも出来なかった。








花宮くんお誕生日おめでとう!
少しの間トップの方に置いてありました。感想下さった方ありがとうございました。


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