◎シェイク2


「…アーわりィ。気きかなかったショ」



あんりが脳内でぐるんぐるんしていると、巻島に謝られた。突然の謝罪に首を傾げていると、気まずそうにした巻島は、彼特有の緑色の髪を、細長い白い指で掻き上げながら覗き込む様にあんりと視線を合わせる。顕になる額に目を奪われながら、うん?と続きを促すと、トントンと巻島がくれたシェイクのコップを、細長い指が軽く叩く。

「えっ…」

細長い指はそのままストローを摘まむと、飲み切ったコップへと移動させ、代わりに飲み切ったコップで凭れていたストローを、まだシェイクが残っている方のコップへと、いわばチェンジされたのだ。本来ならチェンジしてくれた、のだが、あんりからしてみればされてしまった。自分がちんたらしていたばっかりに、目の前のチャンスを本人に摘ままれてしまったのだ。


「あんりちゃんが女子なの忘れてたわけじゃないショ。」


流石に同じストローを使わせてはいけないと巻島なりの機転である。今更気にするべきことではないような気がしないでもないが、あんりの性格的にそのまま口をつけるはずだ。脳内乙女思考回路のロマンチストな気があるのだから、気を使い過ぎて丁度いいくらいだろう。いつも一緒にいるのがあの東堂尽八なのだ。色々と性格に難ありとは言っても、彼が女性に対して無下に扱うことなど絶対に有り得ない事は安易に想像出来る。今回のことも、そもそも東堂の使い過ぎた徹底した気遣いから起こっているのだ。そんな男の横にいて、当たり前の様にレディファーストされている女子に、いくら周りに男ばかりで気を使う瞬間が一ミリもない環境にいるからといって、いつも通りで済むはずがない。

「飲みたかったンだろ?」

さぁどうぞ、準備が整いましたよお姫様といわんばかりに巻島に促されポカンとした思考が再び活動を始める。そろりと巻島が口をつけたストローを名残り惜しげに見ながら、いただきますと自分のストローに口をつけた。シェイクは美味しい。紛れもなく待ち望んだ口当たりである。それでも巻島と間接キスだと浮かれていたときめきに比べたら、とても味気ないものだと肩を落とした。








「ということがあってね、巻ちゃんの優しさが引き起こした悲劇だったんだけどね!それともそこまで気遣いをしてくれた巻ちゃんに浮かれるべきかな?!ねぇどう思う?」

「ど、どうなんだろうねぇ…?」

新開が当たり障りなく話題に付き合おうと控えめに切り返すと、隣から物凄い剛速球が放たれた。


「シラネーヨ。つか普通に考えて、アッチがオメーと間接キスしたくなかっただけだろーがよォ」

「や、靖友…」

「ったくどんだけめでてーアタマしてんだヨ。だいたい他校の生徒に迷惑かけてんじゃねーヨ!」


切れ味抜群の荒北を宥めようとするが、新開の控えめな割り込みでどうにかなるようなものではなかった。真正面からグッサリと刺さったあんりは、しかし新開の心配を他所にいっそう力強く拳を握る。

「そうかもしれないけど!元はといえば尽八くんが…あっ」

勢いよく荒北に食ってかかろうとしたあんりは途中ではっとして口元を手で覆う。次いでキョロキョロと辺りを見渡した後、今度はひっそりと声のトーンを落として話し出す。

「尽八くんには内緒ね!私黙って千葉まで行っちゃったの!私だけ巻ちゃんに会ったの知ったら絶対怒られるから、ね?」

「いやまぁ、怒られるだろうけど…なぁ靖友。」

「アー…」


シェイク飲んだのも加算されるから!と手を合わせて内緒にして!というあんりに、今度は荒北も閉口する。この事を知ったら確実に東堂は声を荒げるだろうが、決して巻島に会った事でもシェイクを飲んだ事で怒る訳でもない。小旅行並に距離がある千葉までひとりで勝手に行った事を耳タコの勢いで説教する東堂が、二人の目には浮かんでいた。全世界の女子にモテたいと常々言っている東堂と、唯一口論したり張り合ってるのがあんりである。容赦無くド正論で説教する東堂は火を見るよりも明らかだった。

「尽八はその、巻ちゃんとやらとしょっちゅう電話してるけど…巻ちゃんの方には口止めしたのかい?」

最早何も言うまいとした新開がそっと横に話題を進める。もちろん!と頷くあんりの声と共に予鈴が鳴り、「絶対言わないで!ほんとに!言ったらドリンクにシェイク混入する!」という脅し文句でお昼休みは解散となった。自分の席へと戻るあんりの背中を新開と荒北は見送りながら、先の見えた騒々しさにため息を落とした。




「絶対バレるにパワーバー10本。」

「残念。賭けになんねーヨ。」

「それじゃあ巻ちゃんが電話でウッカリ、にウサ吉の人参5本。」

「プラスあんりチャンが墓穴を掘るにペプシ5本。」




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