◎シェイク


「まーきちゃん」
「ウオッ」


自転車部の練習が終わり、さて家に帰るかと部室を出ると背後から声がかけられ肩が跳ね上がる。あんりは巻島が部室から出てきた所を狙い、物陰からひょっこりと現れた。

「ふふ尽八くんに似てた?」

「心臓に悪いショ…」

あんりと東堂尽八は、従姉妹同士に当たる。似ている所といえば真っ直ぐな目力と黒髪くらいかと思いきや、あんりが少し意識するだけで声の調子がそそっくりとなる。変声期を終えてもやや弾みのある東堂の声が、背後から聞こえたと錯覚するくらいには。

「最近のマイブーム!マキちゃん元気?」

ころっと声の調子を元に戻したあんりに一瞬流されそうになるが、彼女がココにいるのはおかしい。

「…どうしてあんりちゃんがココにいるっショ」
「あん?他校生か?」

それはね!とはりきってあんりが答える前に、あんりの背後にある部室の扉がガラリと開き、田所と部室の鍵を持った金城が出てきた。


「ゲッしかも箱学の制服…」

「あっ!田所さん!金城さん!」

「なンだよ、山神の従姉妹か」



他校の、それもライバル高校にあたる女子生徒に田所の眉間に皺が寄るが、あんりだと分かるとため息に変わった。なにせ箱学の'東堂兄弟'は、総北高校自転車競技部で知らぬ者はいなかった。もちろんロードレースの腕前ならぬ脚前的な意味ではなく、巻島に対する懐きっぷりに対してだ。

「東堂さん、巻島に会いにきたのか。」
「はいそうです!」

気の強いしっかりとした女子は身近な敏腕マネージャーで耐性が出来ていると思っているが、なかなか箱学の女子も押しが強そうだ。巻島の腕ごと腰に抱きつく姿に、金城は困った様に笑みを零す。巻島、頑張れ。

「それで、わざわざ遠い千葉までどーしたっショ。」

「えーと…シェイク飲みたいな〜って。」



「「ハァ?」」

さすがの金城も目をパチクリとさせていた。













「モスは箱根にねーのかヨ」


金城と田所とは部室前で別れ、巻島はロードバイクとあんりを連れてバスで正門坂を下った。さすがにこの時間帯はバスを利用する生徒も少なく、巻島の白いロードバイクは運転手さんに頼んで後ろのドアから乗せてもらえた。

「あるけど尽八くんが…」

ずーっとシェイクを吸い込んでは飲み込むを繰り返すあんりは、一口飲む度においしいと呟く。巻島もあんりに付き合うつもりで全く同じものを一緒に頼んだが、一口以上は無理だ。コーヒーシェイクとあるから他の味よりもマシだと思ったがこれはコーヒーではない。騙された。


「シェイクは体に悪いから飲みすぎるなって凄く見張ってきて。尽八くんと下校するから、寄り道も出来ないし。強行突破!」
「・・・・・」
「去年、暑いからってご飯をシェイクで代用してたのがバレてから、全然飲ませてくれないの。シェイク禁止令って…尽八くん、お母さんよりうるさい」


要するに巻島を盾にしたらしい。巻島も夏はアイスだ冷たいジュースだと何かと不摂生をしいている為、あんりにとやかく言える立場ではないが。

「シェイクをご飯代わりにしてたら、あんりちゃんが倒れちゃうショ」

向かい合わせの席で、あんりをまっすぐ見ながら話かけると、その視線に気づいたあんりの目線はシェイクから巻島に移される。

「あのヨ…好きなもん飲み食いしろって野郎には言うけどな、あんりちゃん女の子なんだし、せめてご飯の後に飲めショ」

なるべく巻島にしては優しく話しかけたつもりだ。こういうのは東堂の仕事で自分は柄じゃない。気まずくなって先に目線を外す。

「うん、そうだよね。巻ちゃんがそういうなら、気をつけるね。」

思っていたよりもすんなり言うことを受け入れた事に、巻島はほっとしてあんりに笑いかける。なかなか見せない表情に、あんりは内心ガッツポーズ。尽八には悉く巻ちゃん自慢をされるから、たまには反撃出来る要素が欲しかった。どうしたって、「東堂の従姉妹」というポジションにいるうちは、自転車と尽八が仲介しなければ一緒にいることすら出来ないのだから。

「巻ちゃんと一緒に下校出来たら、巻ちゃんだってアイス食べてた!って言って毎日シェイク飲んじゃうのに。」

勘弁してほしいショと肩を落とす巻島にクスクスと笑うあんり。冗談だよ、と返すとふいにほっぺたへの冷たい接触に目を瞬く。

「東堂には秘密ショ。毎日は買ってあげられない代わりに今日はオレのもやる。」

巻島が持っていたシェイクを頬に一瞬だけくっつけられた。机に片肘つけて手に顎を乗せたまま、困った様な笑顔と共に差し出されたシェイク。あんりのほっぺたにふれた後、あんりの飲んでいたシェイクの容器に並んでコトリと置かれた。

「あ、ありがと!」

あんりはいつも通り笑ったつもりだけれど、内心は心臓がどくんと音をたてた。巻島はおそらく微塵も意識してないと思うが、シェイクには間違いなく巻島が一度咥えたストローが挿してある。これは喜ぶべきラッキーチャンスと捉えたい。以前、巻島のボトルを回し飲みしていた尽八には密かに嫉妬心を燃やしていた。当たり前だが、二人に間接キスなんていう概念は微塵もなくやってのけているのは百も承知だ。自分だって友達や尽八との回し飲みにいちいち意識を持っているわけではない。けれど巻島の、巻ちゃんの、好きな人との、一方的な間接キスだなんてもう巡ってこないかもしれないチャンスだった。いっそこのシェイク、ストローごとお持ち帰りしたい。



(って!私の変態!脳内覗かれたら確実に死んじゃう!)

自分の分は飲み終わった。次は巻島のシェイクを飲むだけだ。



「飲まねェの?腹いっぱい?」

「そんなことないよ!いくらでも飲めるよ!」

咄嗟に返事をしてしまったが、これは失敗した。お腹がいっぱいだから、持って帰るといえばそのままストローごと持ち帰れたはずだ。いやいやこういう思考はやめよう。





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