◎バーテープ(巻島)


「巻ちゃん、イギリスでは私のメールに返信してね…」

「…善処はするショ」

「嘘だ!一週間に一回ならまだ耐えられるけど、巻ちゃんのことだから一ヶ月に一回とか余裕で想定出来るよ…」

「メール苦手なんだヨ。電話でいいショ」

「くっ金持ちが…!国際電話代舐めないでよね!」

「どンだけ長電話する気だよ…」

「空メでいいから…!空メでいいから返信して!」

「それ送る意味あンのか?」

「反応してくれたっていう自己満足…?」

「ホント安上がりな女子だな」

「一週間返信こなかったら、速攻イギリス便の飛行機に乗ってやるんだから!」

「乗り換え忘れンなッショ」






「イギリスに可愛い女の子がいて…おっぱいあって…ボンキュッボンで…浮気は2回までなら許せるけど…」

「寛大ショ」

「間違ってもイギリス在住の日本人なんかと浮気したらブン殴る…」

「判断基準国籍?!」

「浮気する暇ないほどメール送ってやるんだから!」

「そもそもなンでオレが浮気する前提なんだヨ」

「男は浮気する生き物だって…東堂くんが…」

「アイツはいないものとして対処しろっていつも言ってるッショ!」

「東堂くんって普段全然魅力的じゃないのに、ふと黙られるとアレ?実はかっこいい?って改まるんだよね。」

「オマエが浮気に気をつけろショ…」










「冗談はさておき!」

今までの勢いはなりを潜め、深呼吸したと同時にスっと瞼を下げる松岡。もう一呼吸してから目線を上げ、ぐっと強い目力でもって巻島を見上げる。

「連絡も浮気も、そんなに心配はしてないんだ。それよりも巻島くんが、体調崩さないかなとか、時差大丈夫かなとか、慣れない土地で…ってお兄さんいるもんね。」

無意味な心配だねと、いつも通りに笑顔を見せる。気丈に笑うこの彼女は、きっと巻島がアッチの女とあれそれという噂を耳にしたって飛行機には乗らない。電話やメールで詰のるようなこともしない。だからこそ巻島の方が心配だった。何かあってからじゃ、イギリスからは間に合わない。

「そーだな。心配いらないショ」

きっと泣いてたことすら上手に隠して連絡を寄越すのだ。一枚も二枚も上手なこの彼女に、フォローされるのはいつもオレだ。

「それでね、餞別。どうしようかなってずっと悩んでいて。あまり荷物にならないものがいいなーって。だからね、はいコレ。」

松岡が巻島に小さな手提げ袋を手渡した。中を覗くと巻島にも見覚えのある物が入っていた。

「バーテープ…」
「そう!しかも巻ちゃん色!」

はっとする巻島に、松岡はサプライズが成功したとばかりににっこり笑う。袋から覗いているバーテープは、巻島の髪色とぴったりお揃いになっている。

「巻島くん、向こうに行っても絶対、走るんでしょ。坂、登るんだよね。だから図々しくも、巻島くんが一番大切にしてる白いロードレーサーに一緒に乗っけてもらおうかなって思っ」


続きの言葉は、巻島の胸に吸い込まれた。周りの音が一瞬ストップして、まるで本当にお別れなんだと実感する。
松岡を抱き寄せた巻島は、更に腕に力をいれて、反対の手で柔らかく頭を撫でた。


「泣け」

「……」

「泣いとけ」

巻島のしっかり筋肉の乗った胸の上で頭を左右に揺らす松岡。揺らす度に巻島の指に絡む柔らかい髪を丁寧に梳いて整える。

「クハッ 強情だな!」

何がボンキュッボンだよ。半年後には華の女子大生なンだろ?ったくせめて女子大進学しろっショまじで。まァ置いてく側に、そんなこと言う資格はねーンだけど。


「だって悲しいことじゃないもん。お祝いの門出だもん。私が勝手に淋しいって思っちゃうだけだから。」

だから我慢する。そう言って無理矢理笑う彼女を、上手に笑顔にさせることも泣かせることも出来ない。きっとこんな時、アノ女
好きのライバルクライマーなら、器用にこなすのだろうか。巻島がぼんやりと頭の中で思い浮かべる東堂はドヤ顔で頷いている。


「帰ってくる、なんて簡単な約束はできねーけどな、オレは松岡ひとりくらい簡単にイギリスに連れてけることだけ覚えとけっショ」

だからイイコにしてろヨ?





最後にひとつ、キスをされた松岡はゲートの向こうへと歩く緑色の長い髪を揺らした巻島を困った様に見送っていた。

「ずるいなぁ巻島くん」

左にはめてろと言われ、薬指に突っ込まれた華奢なリングは、キラキラと光っている。そのリングの内側にはオシャレな字体で名前が綴られており、さらに自分の為にデザインされた特注リングだと松岡が知るのは、まだまだ先の話である。


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