2:おべんとう
「あんり!もっと栄養素を考えて作るのだ!俺達は体が資本!バランスよく食べる積み重ねがいざという時の為になるのだ」
「でもさっさと作らなきゃいけないのに、そんな手の込んだものは無理だって。もう今日はこれで妥協しようよ!」
「ならん!いつ何時もベストを尽くすのだ!」
「もー尽八くんわがまま!」
やっと静かになったなと思ったのもたったの20分。あんりが乗るクロスバイクをセットし、今度は自分の分のロードレーサーの準備に取り掛かろうと一旦自宅に入ったらこれだ。今度は巻島の部屋ではなく、一階のキッチンでとめどないやりとりが行われている。時間は10時過ぎ。勘弁してほしいのはこっちショと呟きながら、巻島はキッチンへと向かった。
「東堂、ロードの調整しに行ったんじゃなかったのかヨ?」
巻ちゃんマキちゃん!とそろって巻島へと向き直る東堂とあんり。勝手知ったるなんとやら。桜の花びらが散っている黒いお弁当箱には、その和風な雰囲気とは対照的であるサンドイッチがきっちり並べられている。以前も巻島の自宅で料理を作ったことのあるあんりはだいたいのキッチン用具がどこにしまわれているのか把握していた。度々巻島の母親と一緒にキッチンに立った時に色々と吹きこまれたのだろう。巻島よりも完全にキッチンを使いこなしていた。
「ロードの調整は終ったのだ。なにせ箱根から持参してきた時点で完璧に調整していたからな!」
ワッハッハッと豪快に笑う東堂の手元が危険だ。抱えられているボールには溶かれている途中の卵が入っている。ガショガショと泡だて器で混ぜているが、視線は巻島へと向いている。
「マキちゃん、マキちゃんのお母さんが煮物とかお惣菜を作ってくれてたの!使ってねって冷蔵庫にね、手紙が!」
巻島の母親は東堂たちとすれ違いで出かけていた。東堂とあんりは巻島の母親に朗らかな様子で車から手をふられた。何度も来ているとはいえ、年頃のお嬢さんをお預かりしているのだから万が一なんておこさないようにね、祐介!とこっそり念押しされたことは誰にも言うまい。だいだい預かってるってなんだよ、向こうが押しかけてきてるんショと言い返したい気持ちはあったが、結局は押し黙るに留まった。
「ソレ昨日、あんりが来るっつったら作ってた。昼間自分がいないから必要だったら食べろって」
「嬉しい!マキちゃんのお母さん、お料理上手だよね!」
「ふむ、一理あるな!そして巻ちゃんのお母様とは思えない愛想のある女性だ!」
にこにこと笑いながら、弁当に煮物を手際よく詰めだす。巻島家は男兄弟のため、家に女の子がいると娘が出来たみたいで本当に嬉しいと巻島の母親は度々口にしていた。中学2年の頃から東堂とここへ通いつめているあんりも、巻島の母親の影響で着々と料理の腕をあげていた。
「そしてこの東堂尽八が、華麗に玉子焼きを焼いてみせよう!登れる上に、トークも切れる!更にこの美形に加え料理まで完璧にマスターしているのだ!天はオレに三物以上を与えたのだ!」
「それ私がマキちゃんの為に焼くからって言ったじゃん!もー!」
弁当の中身はやっと3分の2。これいつ出来上がるんだと巻島は盛大にため息をついた。
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