Lesson02


花宮の知り合いがいるというレストランまで、大した距離ではないものの、それは運動しなれた花宮からの主観である為、タクシーへの乗車の有無を確認していた。それに対する彼女の答えは、

「わたし歩くの好きですし大丈夫です」

小さなガッツポーズで歩く宣言を返された。

ちらりと彼女の足元を盗み見る花宮。スタスタと歩く彼女の靴はどうみても歩くのには敵していないのではないかと考えていた。女というのは一様に歩き辛い靴をさも当たり前だと言わんばかりに履いているが見えない靴の中では血まみれになっていたりするものだ。これまたかなり偏った知識だが、過去の女の足が悲惨な状態だった現状を見たことがあるだけに今だに理解ができなかった。”楽しみにしていたデート”、にわざわざ始終痛みを伴う靴を履いてくる女の思考回路に。

イルミネーションが綺麗ですねーといろはは楽しそうに街中をキョロキョロとする。前を向いて歩かない彼女にさらにギョッとしながら、いっそ説教でもしたくなった。不安定な足元に、忙しない視線。お願いだから前を見て歩けと言いたくなる花宮はふいにいろはと視線が合った。


「こういうの、あまり興味ないですか?」

「は?…あぁ、あんまり」

言った後にしまったと思うが言葉は取り消す事は出来ない。いろはのフラフラとした足元に気を取られ、思わず素で返事をしていた。ここは嘘でも社交辞令的な返しをするべきだった。いやだがしかし、彼女はそこまで気を使う相手なのかと思い直す。実際、左右でキラキラと輝いている並木道に興味がないのは事実だ。

「やっぱり!この前、友達に教えてもらったんですけど、男の人に比べ女の人の方が見えている色の数が多いから男女でイルミネーションを見ても共感するのは難しいらしいですよ!」

インスタにあげちゃいます!とついにいろははアイフォンの画面を顔の前に掲げた。

「危ないから立ち止まって撮影しろ」

歩きながら画面を覗き込むいろはを腕を差し出し強制的に停止させる。黒いコートに覆われている腕により、いろはの進行は妨げられ歩みを止めた。既に何枚かシャッターがきられた後だが、今後の為にも先程の様にすっ転ばれるのは避けたい。

「す、すみません。浮かれてました」

ただでさえ自分より年上の人が隣にいるのだ。所構わずはしゃぎ、お行儀の悪い行動をとった自分に今更ながらも恥ずかしくなり、構えていたアイフォンを下ろした。せめて今日くらいはお淑やかに…と再び歩き出しながら反省をしているいろはに、花宮が声をかける。

「靴、歩き辛くないのか?」
「えっ?」

反射的に視線を下げ、自分が今履いている靴を確認する。底上げのローファーパンプスは先月ネットで注文したお気に入りだった。しかし、すぐさましまったと思い直す。まさかこんな年上の方とレストランに行く展開になるなど全く想定していなかった足元は、お世辞にも大人っぽい代物ではない。軽やかに恋人と歩く周りの女性の足元はみな、スラリとしたパンプスばかりだ。

「い、意外にもとっても歩きやすく、長く歩いても全然平気なんです!安定感もありますし、指先も詰まらず…」

やらかした。

焦りすぎて靴のセールスポイントをアピールしてしまった。このまま口を開けばこの靴がいかに安く手に入ったかまで話出しそうで慌て口を塞ぐ。同年代の友達に話すノリが出てしまいシュンとした気持ちになる。圧倒的に女子力が低下している自分に、いろはは自己嫌悪を感じずにはいられなかった。

「まさか、運動靴でもないのに?」

いろはの不安を他所に、予想外にも花宮が会話を拾った。
花宮が話に乗ってくれるとは思わず、調子を戻したいろははにこにこと足を踏みならした。

「はい、歩きやすくて何足でも買い足したいと思うくらいです!」

息巻くいろはを見て数秒、花宮は吹き出した。

「ふはっ同じ靴、何足もいらねーだろ」

玄関や靴箱にいろはが履いている底上げの靴がづらりと並んでいる光景を思い浮かべ可笑しそうに笑う花宮。そんな花宮を見て、また話すぎてしまったかといろはは恥ずかしくなる。

「足が痛くない靴は貴重なんです。お気に入りは沢山ほしいと思う主義なんです。」

オーダーメイドで無い限り、自分にピタリとくる靴はなかなか出会う事は難しい。店先でいけそうかな、と思っても実際に出かけて長く歩いてみなければ、本当に自分の足にあっているのかは見抜けないものだ。

「気に入った靴を履き続けたい気持ちは何となく分かるにしても、痛い靴をわざわざ履いてくる気持ちが分からない」

学生時代、バスケットで履くバッシュはいつも気に入ったブランドを好んで買っていた自分を思い出す。新しい最新モデルよりも安定感を好んだ花宮は、いつも決まったブランドで購入していたのだ。

「もちろん、出来れば痛い靴なんて履きたくないですけど…」

いろはの自宅の靴箱で眠っている見た目の可愛いパンプスやサンダルを思い浮かべる。

「可愛い靴は無理してでも履きたい時ってあるんですよね!例えば絶対歩きづらいのにディズニーにパンプス履いてっちゃたりだとか」

結局、パーク内でスニーカーを買い換えるはめになった時を思い出したいろはから苦笑がもれる。

「自分でもバカだなーって思うんですけど、特別な日には特別可愛い靴を履いていきたいものです。」

「…血みどろになってもか?」

「血みどろ?!」

血が出ている脚を思い出したのか花宮は眉間に皺を寄せた様な表情をこちらに向けている。いろはは、多分彼女だとか知り合いの女性だとかそういう人の話をしているんだなと察しうーんと唸った。

「憶測ですけど…きっとその方はあなたの前でとびきりおしゃれをしたかったんですね!」

いろはにそこまでスプラッタの経験はないが、自分がそこまでしてでも履きたい理由に置き換えての回答だった。学生である自分から見て、出会ってから今の所、彼の言動に不快な所は見当たらない。勿論見なりも見た目も女性のいう'それなり'を悠々とクリアしているのだから、なんとかして気を引こうとする女性は少なくないのだろう。好きな相手に見栄を張ってでもよく思われたい気持ちはいろはにも思い至るのだ。


いろはのポジティブともいえる返答に驚いた表情をする花宮。女の言うおしゃれは犠牲無しには成り立たないのかよと心の中でツッコミを入れる一方で、よくも会ったことも無い人間の事まで気が回るなといっそ関心する。

「やっぱ理解できねーな」

深々とため息を吐きながら肩から力が抜ける。女性ではなく少女に近い素直な感性の前にはさすがの花宮もお手上げである。

「わたしだって、男の人の考えなんて理解できませんもん」

お互い様だなと言った花宮に、いろはにこりと笑った。



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