Lesson01


自分から別れておいてクリスマス前にヨリ戻してくれとは、女というのは本当に自分勝手な生き物だと花宮真はひとりでに溜息を漏らした。スタイルも悪くないしめずらしく家事も仕事も両立してる女だからしばらく続くと思ったが…ハズレ。

(あれはただの八方美人だな。部屋ですら日頃は汚ねぇな。)


『花宮は結婚に向いてないタイプだな』

先月食事をした際に花宮が高校時代の部活仲間である瀬戸に言われた言葉が頭を過る。独身上等。バカな女と同じ墓に入るくらいなら、喜んで独り身でいてやるよと鼻で笑った花宮に、なんて彼らしいんだと誰もが苦笑した。


今年で27。職場も地元も酒の場も、婚活や結婚の話題で持ちきりである。いい加減にうんざりする代わり映えのない話題をさらりと交わす為に彼女という関係を作ってはいたが、そろそろそんなその場凌ぎも面倒だなと、歩きながら考え事をしていた花宮の背中にトンと人がぶつかった。


「あっあっすみませっ」

花宮にぶつかってきた女性は進行方向ではなくぶつかった花宮を見ながらおもいきり前につんのめる。ほぼ反射的に彼女の腹に腕を回し、転倒を防ぐことは出来たものの、遠心力で彼女の手から離れていった小さな白い箱は数メートル先へと飛んで行き地面へと、落ちた。

数秒、ふたりだけでなく通行人の注目は落下したケーキへと集まった。そして自然と、花宮と唖然とした表情でケーキを見つめる彼女へと視線が集まる。


これは完璧に原型はとどめていないな。花宮ですらこの状況に同情せざるをえないなと感じていた。周りの視線も同情で溢れかえっている。しかも今日はクリスマス。いつもは笑って流せることも、一生の記憶として残ってしまう厄介な一日だ。ショックで一言も声が言葉にならない彼女は、そろりと落下したケーキに向かって歩き出しすとんと膝をつくと、小さな箱を膝の上に置きそっと中身を開けた。

「うわ…」

彼女の真上から箱の中身を覗き見た花宮も思わず、といった声が漏れる。おそらく、元はキラキラとしたデコレーションがクリームの上にお行儀よく座り、柔らかいスポンジの間にはカラフルなフルーツが挟まっていたのだろう。数メートル空中を飛び、そしてコンクリートの道に落下した衝撃は、周りに置かれた保冷剤ではとても支えることは出来ず、箱の四方にクリームが飛び散っていた。

この状況に花宮はどう行動するのか久々に困惑をしていた。厄介なのは泣かれた場合。ケーキを弁償しろと言われるくらいなら構わないが今日はクリスマスで、ここは駅から百貨店へと繋いでいる一本道。憶測でしかないが、きっといや絶対にこれは予約をして購入したケーキだ。

とりあえず通行人の少なくない道から近くのオープンカフェにある椅子にでも座らせようと声をかけようとすると、がはりと女は立ち上がった。泣いていると思っていた予想に反して彼女は花宮に向かってにこりと笑った。

「すみません、わたしがぶつかって支えてもらったばっかりに巻き込んでしまって!やっぱり、慣れないことってしちゃダメですね!」

アハハと笑う彼女は、ぐっちょりなったケーキが入っている少し汚れた箱を抱えてぺこりと花宮に頭を下げる。

「災難でしたね。よかったらケーキ、僕が買ってきますよ。」

まさか明るく返されるとはおもわず面食らった花宮はついつい面倒ごとを自分から提案していた。少なからず思っていた同情心は、全く少なくなかったようだ。

「そんな!とんでもないです!それにこれ…限定ケーキで…大丈夫です!食べれなくはないです!味はかわりません!」

すごくポジティブに返答され、花宮は吹き出した。突然笑い出す花宮を彼女はポカンとした表情で見つめる。

「ふはっあははははっそれまだ食うのかよ?原型留めてなかったじゃねーか!」

あーおもしろ、と一通り笑った花宮を涙目で見つめていた彼女は負けずに反論をする。

「だってこれ、高いんですよ?!こんなに小さいのに7000円とかするんですよ?!信じられないですけど、でも今日はクリスマスだし、わたし、わたし…彼氏にふられちゃいましたけど」

さっきの勢いはどこへやら。自分の発言にしゅんと肩を落とす彼女。旅は道連れ。この際厄介ごとも道連れだ。

「近場に顔見知りのパティシエがいるレストランがある。その限定のケーキは返せねーけど、代わりにしちゃ随分贅沢だろ?」

花宮の提案にしゅんとした表情から一転。キラキラとした目を向けられる。ずいぶんガキだが悪くはないなと算段を立てる。

「め、迷惑でなければ…!」

中々に新鮮な反応と行き当たりばったりな展開に面白いと思ってしまうのはきっとクリスマスのせい。言った後にこれはナンパか…?こんな年下のガキに…?と悶々とする花宮に、彼女はにこりと笑って、

「メリークリスマス!」

とりあえず、小さな箱は花宮の手の中へ。




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