「ねぇねぇ、かあさん」
「んー?」
「かあさんは桜、おにーちゃんは実栗でランちゃんは蘭でしょー?」
「そーよ、それがどうかしたの?」
「とうさんはナルトでちがうけど、みんなしょくぶつのなまえなんだよね!
このまえイルカせんせーがいってた!!」
「そうそう、母さん、父さんと結婚する前は名字が春野だったから雰囲気があっていいねー、ってよく言われたわー」
何気なく返事をしたサクラに対し、近くで聞いていたナルトは渋い声を出す。
「……ランの名前が決まったときは何か、その…あれだったよな…」
「あれ、ってなに?」
「あ〜…ランの名前はミクリが決めたからねー…」
「?」
「……本当はサスケがつけるはずだったんだよな…」
両親が顔を見合わせて苦笑いを浮かべるので、ランはどーいうこと?とサクラの腕を引っ張った。
──数年前
「……くそっ、出てこねぇ…」
この火の国の長、火影うずまきナルトの自宅、うずまき家の一室。
無数の半紙が床が埋め尽している。
きちんと見やすいように扇状に並べられた半紙には、乾ききらない墨文字がたくさん書き込まれていた。
その中心でイライラと舌打ちをして座り込んでいるのは、火影補佐、うちはサスケ。
難問を目の前にしたような険しい顔をして唸り続けている。
それというのも、友人であるナルトとサクラから2人目の子どもの名前をつける、という大役を任されたからである。
1人目のミクリのときは、今は亡きナルトの両親から一文字ずつとってさっさと決めてしまったのに、
2人目は「サスケ!この子の名付け親になってくれってばよ!」というナルトの無茶ぶりも甚だしい願い出からであった。
最初は思いつく限りの理由を述べて断固拒否していたのだが、相手はあのナルトとサクラだ。
「子どもが生まれた2週間後までには絶対につけてくれよな!」「あっ、女の子だから可愛い名前にしてね!」…とまぁこんな具合だ。
こっちの話なんか聞いちゃいない。
ついでに「決まるまで家に泊まれ」と、うずまき家に泊まり込まされて何日経っただろうか。
……とまぁ、そんな訳で2人目の名前をつけることになったうちはサスケはあらゆる名前を書き出して唸っていた。
が、そのうちぴたりと動かなくなった。
かなり迷走しているらしい。
なりゆき、というか押しつけられたとはいえ大事な仲間、友人の子どもの一生ものの名前だ。
同級生たちに「へんななまえー」などとは言われないようなものにしなくては。
もともと完璧主義な質のサスケである。
母が桜、長男が実栗で植物つながりになっている。どうせなら仲間にしてやろう。
そんな思いで上がった名前は
「ウメ」「キク」「マツ」など。候補を上げる度ナルトとサクラに「古い」「ダサい」と一蹴されてしまった。うるせぇ。
思い出してまたキレそうになったのを何とか押さえた自分を誉めてやりたいくらいだ。よくやった、オレ。
、と自分で自分をなだめて、サスケはまた半紙に向かい合う。
そのとき、ノックの音もなしにナルトがドアを開けて入ってきた。
「サースケー、まだー?そろそろ決めてやんないとかわいそうなんだけどー」
「…うるせぇっ!このウスラトンカチが!!
元はと言えばてめぇが無茶振りしてきたからだろーが!!
今日だ!今日中に決めてやるから待ちやがれ!!」
「はいはい、投げやりに変な名前にしてくれんなってばよ、っと」
ついにキレたサスケが丸めた半紙を投げ、それをひょいと避けながらナルトはまたドアを閉じた。
「ね〜ぇ〜サクラー、2人目の名前はまーだ決まらないのー?私早く孫の名前呼びたいんだけどー」
「そーなのよねー、サスケ君がまだ決めかねてるみたいでさー」
2人目の孫が生まれてから娘の嫁ぎ先に毎日のように遊びに来るサクラの母、メブキが机に突っ伏してぶーたれる。
そんな子供のような母の様子に内心ため息を吐きながらサクラも返事をする。
「お父さんもあんたが生まれたときは悩んでたもんだけど、こんなに決まんないものなのかしら」
「あー、顔見たらなんか違うって思っちゃったらしいのよ」
ベビーベッドをのぞくと、生まれたばかりでまだ本当に小さな我が子がすよすよと眠っている。
とても気持ちよさそうだ。
「まぁ、そういうもんよねー。赤ちゃんなんて生まれる前と生まれた後じゃ感動が全っ然違うから」
「まーね」
今度はコンコン、とドアをノックしてナルトが入ってきた。
「あっ、ナルトくーん、うちはのサスケ君、ようやく名前決められたのー?」
「いやぁ…あはは、まだ決められねーみたいだってば…です」
下手な敬語で答え、苦笑いしながらナルトもテーブルにつく。
それを聞いたメブキはやれやれ、といってお茶をすすった。
「まぁ、やる気というか、なんというかはあるみたいでさ、あいつ、またすんげー量書いてたってばよ。今日中に決めてやるーつってたけど決まるかなー」
「まーた増えたの?部屋半紙で埋まっちゃうんわよもー。ほんっとサスケ君も頑固というか完璧主義というか」
「別に植物の名前にしなくてもいいと思うんだけどなー」
「なんか花屋でも始める気?って感じよね。ま、そのうち決まるわよ、きっと。
そろそろミクリもお友達と分かれて公園から帰ってくるはずだし、晩ご飯の準備でもして気長に待ちましょ。
お母さん、食べてくでしょ?お父さんも呼んでみんなで鍋にしようか。手伝ってね」
「はいはい」
「あーっ、お母さんはいって2回言った!昔私には『はいは1回!!』って怒ったくせに!」
「私はいいのよ、私は」
「うっわー、なんて理不尽なの!?」
女性陣2人がぎゃーぎゃー言い合いながらも立ち上がると、リビングにミクリが駆け込んできた。
「あら、おかえりミクリ君。公園は楽しかった?」
「ただいまー!うん!楽しかった!」
「ミクリー帰ってきたんなら手洗いうがいしてきなさーい」
「おかえりー……ん?おい、ミクリお前何持ってるんだ?」
その手には半紙が一枚握られていて、父親に言われると得意げに高く持ち上げ、大きな声で言った。
「これにケッテイ!!」
「「「はい?」」」
ミクリは父親の手に半紙を押しつけると、妹の眠るベビーベッドに駆け寄っていってしまった。
慌てて3人でのぞき込んだ半紙に書かれていたのは『ラン』の二文字。
困惑する3人をよそに、ミクリはベビーベッドの隙間から指を突っ込み、妹のぷくぷくしたほっぺをつつきながら楽しそうに話しかけている。
「ランちゃんランちゃん」
「……あ、名前…か…?ってもう呼んでるってばよ」
ミクリと『ラン』と書かれた半紙とを交互に見ながらナルトが言い、サクラとメブキも半紙をのぞき込んで感想をもらした。
「……うん、かわいいんじゃない?ランちゃん。覚えやすいし」
「うんうん、いいわね!うずまきランちゃーん、おばあちゃんですよー」
「あっ、ちょっとお母さん!私が最初にフルネームで呼ぶって決めてたのよ!?」
「さっさと呼ばないあんたが悪いのよ。私が先に呼んじゃいましたー」
「…そんじゃ、ま、さっさと役所に届出しに行くってばよ。まだ時間大丈夫だよな?」
「そうね、さっさと済ましちゃいましょ」
「お母さん、ランちゃん見てるから3人で行ってきなさいな。お父さんも呼ばなきゃね。
あ、そうよせっかくだから、鍋じゃなくてお寿司とりましょ、お寿司。お祝いだし、お金は私が出すから」
「わー、ありがとうお母さん太っ腹ー!お父さんは私たちが帰りに呼んでくるわ」
「あっ、ケーキ!ケーキも買って帰るってばよ!ミクリ、選んでいーぞー」
「わーい、やったー」
その日のうちに役所に届けを出し、うずまき家の長女の名前はランになった。
…そして事件は、それぞれが宴の準備に駆け回り、リビングに集合したときに起こった。
……駄目だ。全然いいのが思いつかない。
サスケは髪をぐしゃぐしゃとかき回し、ため息をこぼした。
自分に名前をつけるとき、両親も同じように悩んだのかと思うと尊敬の念さえ覚える。
…あぁ、そういえばオレの名前は三代目のジジイの父親からつけたって母さんが言ってたか…
もういっそ母子でシリーズにするのではなく、父子でシリーズにしてやろうか。
ラーメンの具材…そうだなメンマ、ノリ、ネギ、はたまた煮卵とかどうだ。
……さすがに煮卵は無いな。
少し頭を休めた方がいいか、と立ち上がり、サスケは足が痺れていることに初めて気がついた。
どれだけ長い間座りっぱなしだったのか。
飲み物でも貰おうとリビングへ向かい、おかしな雰囲気に気づいた。
ダイニングテーブルに運ばれる、出前の特上寿司の桶や、普段使いのものとは違う華やかな漆塗りのお椀。
まるで何かの祝い事のようだ。
はぁ?何なんだこれは。
ぽかんと立ち尽くすサスケに気がつき、ナルトが声をかける。
「おー!サスケ!ちょうど今呼びに行こうと思ってたんだってばよ!ナイスタイミング!」
ナルトに呼ばれるままにテーブルに寄れば、最近はすっかりサスケの席として定着した所に座らされた。
「サスケ君、大役ご苦労様でした」
と目の前にグラスを置かれ、サクラに飲み物を注がれるも、何がご苦労様なのかさっぱり分からない。
そこへ、ピンポーンとインターホンの音がしてサクラの父、キザシがやってきた。
手には大きな蘭の鉢を抱えている。
「やーやー、お祝いにって買ってきたはいいが、蘭ってのは思ってたより重たいものだったんだなー」
「お義父さん、オレが運びますってば」
「いやいや、せっかく可愛い孫の名前にちなんでお祝いに買ってきたんだ。わたしが運びたいんだよ」
「…………名前?」
「あぁ!サスケー、ありがとな。すっげー良い名前だってばよ」
そう言われてサスケは反射的にベビーベッドを見やった。
そこには、赤ん坊が今朝と変わらず、すやすやと眠っていて、それを飽きもせずのぞき込んでいるミクリの姿も見えた。
「ランちゃん」と呼ぶのが聞こえ、ギギギ、とまるで錆びたロボットのような動きで目線を上げると
『命名 ラン』
と確かに自分の書いた字で半紙が壁に貼られていた。
「…………………………は?」
「いやー、サスケあの状態でよく決めれたなー。絶対今日中に決まらねーと思ってたってばよ。あ、命名だけ書き足させてもらったってばよ。」
「覚えやすいし、かわいいし、すっごく良い名前だわ。ありがとう、サスケ君」
グッと親指を立てたナイスガイのポーズをしてくるナルトと微笑むサクラを見て、サスケはめまいを覚えた。
名前……あんなに散々悩んだ名前が………オレの知らないうちにいつの間にか決まって……いる……
ガツンと派手な音を立てて、テーブルに額を打ち付けたサスケを見て、面々は目を丸くした。
「ど、どうしたんだってばよサスケ」
「サスケ君、頭使いすぎて疲れたの?」
「…なぁ、母さん。あれ、うちはのサスケ君だよな?あの、いつも自信満々な感じの」
「そのはずだけど…どうかしたのかしら?」
四方からのぞき込まれたサスケはテーブルに突っ伏したまま一言だけ発した。
「………………オレじゃない」
え?
と全員が首を傾げ、ハッと一斉にランちゃんランちゃん、と妹を可愛がるミクリに視線を向けた。
「……マジかよ」
「ま…まさか……」
「そんなバナナ!!…ってか!わっはっは」
「もう役所に出しちゃったわよねぇ…」
一瞬は慌てたものの、もともと色んなことを気にしない性格の一同の切り替えは異様なほどに早く、
「…ま、出しちまったもんはしょーがねーよな!」
「かわいいし、いいわよね」
「ランちゃーん、ほらランちゃんも気に入ってるみたいだしな」
「蘭はキレイな花だし、この子に似合ってるし。いいじゃない、素敵な名前よ」
とさっさとパーティーの準備に戻ってしまった。
そして、部屋中に広げられたうちはサスケ渾身の作品たちはもう必要ないとされ、透明なビニール袋に詰め込まれ、翌日の燃えるゴミに出されたのであった。
「………ミクリはただ蘭の花が好きだったんだよなー、鉢植えででかいからか?」
「そうよ。どこかの誰かさんに似て大きいものが好きなのよ。
いのん家の花屋さん行ったら胡蝶蘭…だっけ?あの一番大きい白いやつ。あればっかじーっと見てるもんねー。
買ってーってわめかれたときは大変だったわ。あれ高いのよね…」
「んでサスケの書いた名前候補の中から自分の好きなのをチョイスしてオレたちに発表」
「それでさっさと役所に出しちゃったからランちゃんの名前が決まったの」
「あんなに落ち込んだサスケ、他に見たことねーよなー」
「候補の中から決まったんだし、そんなに気にしなくてもいいのにねー。
…とまぁそんなわけなんだけど、ランちゃんは自分の名前好き?」
「うん!」
即答した我が子の頭を撫でていると、もう1人の我が子もバタバタと音を立てながらアカデミーから帰ってきた。
「父さん、母さん、ラン、たっだいまー!
みてみてこれ!帰りにさ、いのねーちゃんとこの花屋寄ったらさ、鉢の蘭整えるのに切ったからって一本くれたんだ!いーだろ!!」
「あーっ!おにーちゃんいいなー!ランにちょーだい!!」
「へっへーん、やらねーもんねーだ!」
家の中でドタバタと追いかけっこを始めた兄妹をサクラが叱っているのを眺めていると、
突然ゾクッと背中にただならぬ殺気を感じ、ナルトはおそるおそる振り返った。
…窓の外、正面のビルの屋上には、これ以上ない程にピキピキとこめかみに青筋を浮かべたサスケが。
冷や汗が背中をツーッと流れるのを感じ、ナルトはそっと裏口へ体を向けた。
「……おいコラァ、ウスラトンカチィ…
火影のくせしてオレらに隠れてまぁた業務抜け出しやがって…
どこでサボってんのか探したぜこコノヤロォオー!!」
「ヤッベェ!!よりによってサスケに見つかっちまったってばよ!!」
「はぁ!?あんたさっき、休みになったって……あれウソだったの!?あっ、逃げた!!
ちょっとサスケくーん!ナルト裏から出てったから捕まえてーー!!」
「ひぃぃ〜、捕まってたまるかーー!!」
「待てコラァァァーー!!」
「…木ノ葉丸くん、ナルトさんまた追いかけられてますよ」
「えっ、ナルトの兄ちゃん!?どこどこ!?どこにいるんだコレ!?」
「ほらあそこよ、木ノ葉丸ちゃん。サスケさんに追いかけられてる」
「ホントだコレ!ナルトの兄ちゃーん!!頑張れー!!」
「オー!!木ノ葉丸〜これから任務か?
…ぐえっ!!待て待て待て!サスケェ!行くから!行くからエリつかんで引きずらないでくれってばよ〜」
……木の葉隠れの里は今日も平和です。
Fin.
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