02

穢れた世界で美しき人





「…ふぅ、これで終わり〜!疲れたぁ……!」



今日の朝イチでセブンスヘブンへ届けに行く予定のポーションとエーテル、毒消し、それぞれを無事に作り終えて私はぐっ、と背伸びをする。



「ふわぁ…さすがに眠い、寝よ」



ざっと作業台を片付け、ハーフローブを脱ぎ捨ててベッドへと転がる。もうかなりいい時間だった。

今日はスラムの自警団へ納品があり、昨日もほぼ徹夜で作業をしていた。…期限が近づかないとやる気にならないのは私の悪い癖だ。いつもギリギリになってしまう。

しかしそんな私でも、いつもみんな笑顔で「ありがとう」とお礼を言ってくれる。人に感謝してもらえるのは、人の役に立てるのは…やっぱり嬉しい。それが私の励みだった。



「……そういえば、またご飯食べるの忘れてた…」



明日、納品をしたらティファに頼んで朝ごはん作ってもらおうかな。
ティファの作るもの、なんでも美味しいんだよな〜。ふふ、楽しみ。



「………」



眠気を感じて目を閉じる。ふと思い浮かぶのは、さっきのツンツン頭の彼だった。
勝手に巻き込んで、勝手にお節介を焼いてしまったけど、気を悪くしてないだろうか。
にしても、かっこよかったなぁ。あんな素敵な人がいるとなれば、噂の一つや二つ、あってもおかしくないはず。
やっぱり、7番街スラムの人ではないのかな……などと考えて、ふと気づく。



「あ……名前、聞いておけばよかったな…」



聞いて、どうするんだろう。答えの出ないそれに、私は考えることを放棄して気づけば眠りについていた。


_____
___
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翌朝。まだまだ寝足りずだるさが残る体を無理やり動かして身支度をする。
もっていく物をしっかりと確認して、自宅兼お店の戸締りをして外へ出た。お店から持ち出した最小限の荷物を荷台へ乗せて、周りを確認して台車を引く。

用事があるのはセブンスヘブン……というより、反神羅組織のアバランチだ。
今日は作戦を実行することになったとかで、急ぎの依頼があった。薬屋とはいえ、セブンスヘブンのようなお店に大荷物で行くのはそれ自体が不自然だ。
なので、いつも人目につかないように、早朝に送り届ける事になっている。


私の家…というか、お店と言うか。セブンスヘブンまではそう遠くなかった。
台車をゆっくり押して10分ほど歩けば、いつもの"仕事"で使う、お店の裏口があった。

___コンコン

木製の扉を軽くノックする。
するとすぐに、キィ、と控えめな音を立てて扉が開いた。



「おはよう、ティファ。荷物、持ってきたよ」

「エル!おはよう、わざわざありがとうね」



簡単な挨拶を済ませて台車から手を離すと、扉を開けて外に出てきたティファが、荷台にある木箱を持ち上げてお店の中へと運んでいった。



「私も手伝うよ」

「もう、気使わなくていいのに。ありがとう」

「ふふ、その代わり、朝ごはんいただいてもいいかな?」

「あら、そういうことならよろこんで!」



にかっ、と可愛い笑顔をこちらに向ける。その眩しい笑顔に思わず私も微笑んだ。
朝から元気だなぁ、ティファは。



人目につかないために、手早く荷物をお店へと運ぶ。……アジトである地下には私は入れないので、そっとエレベーター付近に木箱を下ろした。



「これで全部かな。ジェシー、悪いんだけど薬品の数、間違ってないか確認してもらえる?」

「はいよー!あ、エルおはよ!今日もありがとね!」

「おはよう、ジェシー。こちらこそ、毎度ご贔屓にありがとう」



アバランチのメンバーのジェシー。こんな朝早くからもう既に準備万全でお店にいた。
どことなくいつもより硬い表情の彼女に、作戦当日の朝という生々しい現実を感じた。

それに気付かないフリをして、ジェシーと軽く会話をして適当な席に座る。



「そうだ、ちょうど良かった。ねぇ、エル」

「ん?」

「昨日、エルに紹介したい人がいる、って言ったよね。後で呼んでくるから、朝ごはん食べて待っててもらえるかな?」



昨日。徹夜明けで自警団への納品を終わらせた時、ビックスからティファが呼んでいると聞いてお店に行った。
ちょうどお腹も空いていたので今日と同様にお昼ご飯を食べに寄った時の事だった。

話の内容はもちろん、今日の納品依頼だった。急ぎだけど、頼める?と珍しく切羽詰まったような様子のティファに二つ返事で了承した。

ほっ、とした表情の彼女にこちらも安堵した時、ふいにティファから「紹介したい人がいるの」と話を聞いたのだ。



「うん、もちろん。どんな人なの?」

「私の、同郷の幼なじみ、かな」



そういってティファは「おまたせ」と朝ごはんのパンケーキを用意してくれた。
バターのほのかな香りに鼻孔が擽られる。



「ん〜おいしそ、いただきます」

「どうぞ、召し上がれ!」



出来たてのパンケーキは、それはそれはもう絶品だった。
控えめな甘さで作られた生地にバターとハチミツが溶け合って、程よいあまじょっぱさに夢中になってかぶりついた。



「…エルって、本当に美味しいもの食べてる時って黙る…よね」

「…っ、え、そう?」

「うん。いつも美味しそうに、黙々と食べてるから。つい見入っちゃう」

「ええ〜やだな、なんか恥ずかしい」

「ふふ。それにしても、エルが朝ごはん食べるなんて珍しいね!いつも朝はいらない〜って、言ってなかった?」

「ん〜、昨日の夜色々あって食べ損ねちゃったから。お腹すいてて」

「もう、しっかり食べなきゃダメよ?ほんといつ見ても細いわよね〜、エル。羨ましいわ」

「やだ、ティファったら。私はティファの方が羨ましいよ?」



そのダイナマイトボディは、女の私から見ても羨ましいです。とは言えず、最後の一口と一緒に飲み込んだ。
ティファとの付き合いはそこそこに長い。私がこのスラムで暮らすようになってから、歳が近いせいか、知り合ってから仲良くなるまでに時間はかからなかった。

アバランチとして活躍することになってからも、薬屋として支援を買って出たのも私だ。
そんな私にティファはいつも良くしてくれていて、食が疎かな私を見兼ねてか、いつものお礼と称して美味しいご飯を作ってくれる。私の大事な大事な友達だ。



「ごちそうさまでした、とーっても美味しかった!」

「お粗末さまでした、そう言ってもらえて何より」



お皿を下げようとしてくれるティファの目線を制して、自ら食器を持って立ち上がり片付けをする。
ごちそうしてもらったから、それくらいしないとね。



「ティファ、それで、紹介したい人…って?」

「あ、そうね、ちょっと呼んで…って、クラウド!起きてたの?」

「ああ…話し声が聞こえたからな」



食器を下げて振り向けばそこには、



「…あ、!」

「……!、あんたは…昨日の…」

「…あれ?知り合いだったの?」


昨日の、ツンツン頭の彼がいた。
…そんな偶然、あるだろうか?



「ううん、知り合いっていうか…昨日、ちょっとね」

「…ちょっと?」

「うん。昨日の夜、帰り道でモンスターの群れに襲われちゃって。彼に助けて貰ったの」

「ふーん…そうだったんだ」



ティファは不思議そうな顔をして、彼に「夜、どこか出かけてたの?」と聞いた。
彼は少し気まずそうな表情で「ああ…寝れなくてな、散歩のつもりで」と答えた。



「なんだかすごい偶然ね!なら、紹介するまでもないかもしれないけど…彼、幼なじみのクラウド」

「クラウドさん、昨日はありがとうございました。私、エルっていいます!ティファの友達です!」

「…ああ、ティファから聞いてる」



彼は気恥しいのか、少しそっぽを向いてそう答えた。昨日のたくましさとは違った一面に小さな笑みが零れる。



「クラウド、元ソルジャーなんだって!すっごく強いんだよ!」

「ソルジャー?へぇ、すごいね!本物のソルジャー初めて見た!」

「…"元"ソルジャー、だけどな」

「昔なりたい、って言ってたの。夢叶えるなんて、立派だよね」

「…別に、大したことじゃないだろ」



久しぶりに出会えた幼なじみと楽しそうに会話をするティファが、なんだか眩しく感じた。
こんなに嬉しそうなの久しぶり見た気がする。

幼なじみ、かぁ。…私にもそんな関係の人、いたのかな。



「それでね、エルの作ってくれるポーション、効き目が良くてすごいんだよ!さっきたくさんもらったから、後でクラウドにも渡すね!」

「ああ、楽しみにしておく」



そんな2人の他愛のない会話に耳を傾けていると、バタン!と大きな音を上げてセブンスヘブンの扉が開いた。



「おう!作戦会議、はじめるぞ!」

「あ、バレット!」



バレットだった。片腕が銃の、大きな男の人だ。娘のマリンちゃんにはデレデレだと聞くけれど、私はこの人がどうも苦手だった。
…単純に、大柄な人が怖い、というだけなのだが。



「あ、…じゃあ、私はこの辺で」

「ごめんね、エル。また今度、ゆっくり話しましょ!」

「ううん、大丈夫、気にしないで!…ちゃんと、帰ってきてね」

「うん、約束する」



そういって、そそくさと台車をおいている裏口へと向かった。
アバランチではない私はこの場にいることが出来ない。

お互い、知られたくないことには踏み込まない、それがスラム街に住む人達の暗黙の了解だった。
心配じゃないと言ったら嘘になるけど、私に出来ることは限られている。
重荷にならない程度に帰りを待つのがいつもの事だった。


外へと出て裏口の扉を閉める際、ふと中にいたクラウドさんと目が合った。
軽く会釈をしたら、彼はコクンと頷いて地下へと降りていった。



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