19
誰も居ない朝の歌
「わぁ〜〜…かわいい……!!」
「ふふ、エルってば、すっごいキラキラした顔してる!」
私に撫でられて気持ちよさそうにしているチョコボに癒されて、私はすっかりチョコボの虜になってしまった。
あれから少しだけ眠って、朝早くにカームの宿を出発した私たちはミスリルマインを目指していた。
ミスリルマインの洞窟に行くには湿地帯を抜けなくてはいけないけれど、その沼地にはミドガルズオルムという超危険なモンスターがいるらしく、とても人の足で越えることが出来ない、という事だった。
それを話してくれた親切なチョコボファームのおじさんは、チョコボに乗ればいいと教えてくれたけれど、生憎牧場にいるのは全部預かり物らしい。
野生のチョコボを自分たちで捕まえなければいけない、と言われて少し苦労はしたものの無事全員分のチョコボを捕まえることが出来た。
「エアリスのチョコボは大人しそうだね」
「うん、まだ少し私達の事怖がってるのかも?」
今回はレッドの代わりにエアリスが加わり、私とエアリス、そしてクラウドと同じパーティーだ。
ウォールマーケットで一緒だった事もあり私は幾分か気が楽になっていた。
「ティファ達は先に向かってるはずだ、準備が出来たなら俺達も急ごう」
「うん…そうだね、そろそろ行こっか」
初めて見るチョコボの可愛さに興奮気味でずっと撫でまくっていたおかげか、チョコボはすんなり私を背に乗せてくれた。
エアリスのチョコボは警戒心が強いのかなかなか乗せてくれなかったみたいで少し手間取ったけど、私たちがチョコボに乗ったのを確認してクラウドが声をかけた。
「あ、そうだ、クラウド」
「なんだ?」
出発する前にふとある事を思い出して、私はクラウドを呼び止めた。
「これ、さっき拾ったやつと、チョコボに貰ったやつ。
…私、マテリア使えないからクラウドにあげるね」
「これは…『みやぶる』のマテリアと、召喚マテリアか」
2つのマテリアを受け取ったクラウドは、その2つを吟味するように見つめた後「こっちは俺達には必要ないな」と、軽く笑ってそれらをバッグへとしまった。
「うん??」
「いや……『みやぶる』のマテリアは、エルがいれば必要ないからな」
「………そう、なの??」
チョコボに乗ったまま首を傾げる私を他所に、クラウドはそのまま先に行ってしまった。
一体どういう意味なんだろう。
小さくなるクラウドの背中を見つめる私に、エアリスがこそっと耳打ちしてくれた。
「エルの眼の力、『みやぶる』マテリアの力にすごく似てるから、って事だと思う。
…クラウド、ああ見えてエルの事結構頼りにしてるんだよ、きっと!」
そう言ってエアリスはにこっ、と私に笑みを向けた。
…確かに、これまでの道中でモンスターに遭遇した際に力を使って弱点を伝えていたけれど、
正直クラウドはそんなもの知らなくても簡単に倒してしまえるはずだ。
だからきっと…頼りにされてるとか、そんな事はない……と思う。
使えるものは使う…それくらいの感覚なんじゃないかと、チョコボに乗って歩きながらそんな事を考えた。
***
無事に湿地帯を抜けられた私たちは、森の入り口でチョコボから降りた。
乗せてくれてありがとう、と撫でると、クエッと嬉しそうに鳴いて野生へと帰っていってしまった。
沼地に潜む巨大なモンスターの影に恐れながら必死に走って来たから、ここまであっという間だった気がする。
…もしまた機会があれば、チョコボに乗ってみたいなぁなんてちょっぴり思った。
森に入るとすぐに洞窟の入口が見えたけれど、
その時同時に、風に乗って僅かに血のような匂いを嗅ぎとった。
クラウドが警戒するように当たりを見渡しながら前へ進むと、
……そこには、巨大な木で串刺しにされた無惨なミドガルズオルムの死体があった。
「……」
「…セフィロスが…やったのか…」
あまりにも衝撃的な目の前の光景に思わずその場から動けなくなる。
そんな私を見兼ねてか、クラウドがすっ、とその背で庇うように私の前に立った。
うんと見上げなければその全貌を見ることが出来ないほど大きなミドガルズオルムを、いとも簡単に倒してしまうような人が…私たちが追っているセフィロス…なんだ。
「…すごい、ね…」
「ああ。…まだ近くにセフィロスがいるかもしれない。
異変を感じたらすぐに俺に知らせてくれ」
「…うん、わかった」
クラウドの言葉に、私たちはもう一度気を引き締めて洞窟へと足を踏み入れた。
洞窟の中は薄暗くてじめじめしていて、ひんやりとした空気で満たされていた。
中はとても入り組んだ構造をしていて、幾つにも道が分かたれている。
少し広い通り道に出てもすぐに行き止まりだったり、長い段差を登りきっても行き止まりだったりと、なかなか思うように先に進めない。
そんな洞窟の中を、時々出てくるモンスター達を倒しながら進んでいる時だった。
「ちょっと待った!」
突然人の声に呼び止められ、大袈裟にもビクッと肩を動かして驚いた。
モンスターに遭遇はするけど、まさか人に出会うとは思わず身が縮こまる。
「お前は…」
「俺が誰だか分かるか?」
「タークスだろ?」
声のした方を見れば…そこに居たのは黒いスーツに身を包んだタークス…ルードの姿。
「知っているならば話は早い」
ルードはそう答えてから、サングラスをかちりと上に上げて1歩前に出る。
そして再び口を開いた。
「俺たちタークスの仕事を説明するのは難しい」
「人さらいだろ」
「悪意に満ちた言い方をするとそうなる。…しかし、今はそれだけではない…」
そういって腕を組んだルードは、そのまま口を閉ざしてしまった。
…続きがあるのかと思っていた私たちは、突然訪れた不自然な間に困惑する。
しかし当の本人も何故か困惑していて、言葉が思い浮かばないのか、ぶつぶつと考え倦ねて口が小さく動いていた。
「先輩!」
しかしそれも束の間、突然、暗い洞窟に甲高い声が響いた。
「ルード先輩!喋るの苦手なんですから無理しないで下さい」
「……イリーナ、頼む」
声のした方を見上げれば、今いる場所よりも少し高い洞窟の足場に、黒いスーツを身にまとった小柄な女の子が1人。
イリーナ、と呼んだ彼女を見上げたルードが、情けなさそうにぽつり、とつぶやいた。
「私、タークスの新人のイリーナ。レノがあんたたちにやられてタークスは人手不足。
……おかげで私、タークスになれたんだけどね…」
「ま、それはともかく、私たちの任務はセフィロスの行方をつきとめること。
それからあんたたちの邪魔をすること。あ、逆だったか。
私たちの邪魔をしてるのはあんたたちだもんね」
…なんだかこの子、凄くよく喋るなぁ。
だが彼女の表情は至って真剣そのもので、仕事に対して真面目な姿勢が伺える。
「……イリーナ、喋りすぎだぞ」
「ツォンさん?!」
すると、今度はまた違う、低い男の人の声が聞こえた。
イリーナとは反対の崖の上をみれば、同じく黒いスーツに身を包んでいる人が目を細めてこちらを見ている。
「我々の任務を、彼らに教えてやる必要はない」
「すいません……ツォンさん」
「お前たちには、別の任務を与えてあったはずだ。行け。定時連絡を欠かすなよ」
「あっ!そうでした!それでは、私とルード先輩はジュノンの港へ向かったセフィロスを追いかけます!」
「……イリーナ。私の言葉の意味がわからなかったようだな」
「あっ!す、すいません……」
「……行け。セフィロスを逃すなよ」
そう言われ、イリーナが「はい!」と返事をして踵を返していくなか、ルードがまっすぐこちらに向かって歩いてきた。
単純にこちらを通り過ぎるのかと思って見ていたけれど、私の横にいるクラウドの前でピタリ、と止まった。
かと思えば、じっ、と私の方を見てきてかちりと視線が合う。
サングラス越しのその視線は、あの牢屋で会った時とは違い、冷たくて鋭い、そんな感じだった。
「…そいつに二度と関わるな、と言ったはずなんだがな」
ルードは一層低い声でそう口にして、私に向いていた視線はクラウドの方へと移される。しかし、突然の話に訳が分からず、私は困惑してその場で俯いた。
何…?どういうこと…?
ルードの言う「そいつ」とは間違いなく私の事だろう。彼の視線がそう物語っている。
…クラウドは、私に関わらない方が良かったんだろうか。
そう思って、俯いたままぎゅっと手を握りしめた。
しかしその瞬間、私の肩にそっと誰かの手が触れる。
その暖かい手の感触に、はっとして顔をあげれば、
クラウドが私とルードの間を遮るよう前に立っていた。
「……クラウド…?」
「…エルは俺達の仲間だ。あんたにどうこう言われる筋合いはない」
…優しく肩に触れた手とは全く違う、今までに聞いた事がないくらい低く圧のかかったクラウドの言葉。
その重圧と言葉の内容に、どきり、と胸が鳴る。
「…………そうか、」
クラウドの答えに、ルードは何処ともない場所を見つめ、たった一言そう呟いた。
そしてそのまま振り返ること無く、私達を通り過ぎてツォンがいる崖の上まで登って行った。
去り際にルードは再度こちらに振り返り、
「…レノが言ってた。君達に負わされた怪我が治ったら挨拶したいと」
と言い残して洞窟の出口へと向かっていった。
「…さて、エアリス。……久しぶりだな」
ルードと入れ替わるように、今度はツォンが私達の前に出てくる。
そして、辺りをぐるりと眺めていたツォンの視線はエアリスに向けられた。
「しばらくの間、君は神羅からは自由の身だ。セフィロスが現れたからな」
「…なに、言いたいの?セフィロスに感謝しろって?」
エアリスがどことなく不審そうに、半歩前に出てツォンの言葉に答える。
しかしそんなエアリスとは対象的に、ツォンはどこか浮かない顔をしていた。
「いや………あまり会えなくなるが、元気でな」
「…あなたにそんな事言われるなんて、不思議」
エアリスはそういって眉を下げて小さく笑いながら、両手を上げて肩を竦めた。
敵同士だったはずのそんな2人の雰囲気に、なんとなく、ただ狙われて追われていただけでは無かったんだろうな、って、そう思えた。
「…では諸君。出来れば神羅の邪魔はしないでもらいたいものだな」
そういって、ツォンと目が合った。
すっ、と細められた切れ長の目から、何故か目を逸らせなくて、じっと視線が絡み合う。
「……………あの、何か……」
「………いや、なんでもない。…ではな」
そして、今度こそ踵を返したツォンの背中がどんどん見えなくなる。
うーん…なんだろう。
ルードといいツォンといい、何か、あの二人からは違和感というか…私に何か言いたげな、そんな雰囲気を感じた。
私はルードに会うのは2回目だし、ツォンに至っては初めてさっき会ったばかり。
それなのに、2人の私に対する態度に、違和感のようなものがあった、気がする。
…私の知らない、私のことを、あの人たちは……タークスは、知ってるんじゃないか。
そんな疑惑が、私の中でじわりじわりと広がり始めていた。
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