18

掌握する向こう見ず





ぱち、と。目が覚める。

ぼーっとする頭をゆるゆると振る。部屋を見渡せば、ティファとエアリスが静かな寝息を立てていて。
そんな2人の姿に、慌てて壁掛けの時計を見れば、時刻はまだまだ夜明け前だった。


私は……そうだ、疲れてすぐに眠ってしまったんだ。



カームの宿屋に着いてから、改めてクラウドの話を聞いて。

クラウドとティファの故郷、ニブルヘイムの話。その故郷を焼き払ったセフィロスの話。
そして、ずっと気にかかっていた、エアリスが"古代種"だという話。


セフィロスは、古代種が齎す約束の地を求めていて、私達はそのセフィロスを追って旅をする事になる。

クラウドは眉間に皺を寄せて、少し苦しそうな顔で…故郷のニブルヘイムで起きた事を語ってくれた。
ティファもずっと、暗い顔をしていたのを覚えている。…酷い話だった。

英雄と憧れていた人に、故郷も、村人達も焼き払われるなんて……2人にとってどれだけ深い傷となっているかは、私には想像することが出来なかった。


だから話を聞いても、なんて声をかけたらいいのか分からなくて。
記憶が無いくせに……そう、思われるのが怖かった。



そうして色々と考え込んでいるうちに、身体の疲労もあって耐え難い眠気に襲われて。

まだ、夕方くらいだったはずだけど、私の意識はそこで途絶えていた。
さすがに日が落ちる前から寝ていたおかげか、あれだけ疲れきっていた身体はしっかり回復してたようで。よかった。


しかし、目が覚めたはいいものの、こんな真夜中にする事もなくて。
体を起こして、夢見心地でぼーっと、何処ともない場所に視線を浮かせていた。



そして、ふと。目に入った窓辺から差す光があまりにも綺麗で。
私は導かれるようにベッドから降りて外を見上げる。

そこには雲ひとつない綺麗な夜空が広がっていた。

見慣れた鉄の塊はどこにもなくて、キラキラと輝く星が真っ黒な空に散りばめられていて。すごく綺麗だった。

私は…その星空を、取り憑かれるようにじっと見つめていた。

そうして時間が経つうちに、すっかり目が覚めてしまって。
それから私は、窓越しではなくきちんとこの夜空を見てみたいという好奇心に駆られて、そっと部屋から抜け出した。


足音をなるべく立てないように階段を降りて、エントランスを抜けて外に出る。
宿を出て、入口のすぐ横にあるベンチに腰をかけた。


真夜中のカームの街は昼間の活気はどこにも無く、しん、と静まり返っていて、心地の良い夜風が吹くだけだった。
こんな時間だし、誰にも合わないだろうとフードを脱いで夜空を見上げる。




死んだ人の魂は星に還る、と聞いたことがある。
そして、夜空に浮かぶ星々は死んでしまった人達の輝きなのだと……前にお客さんが話していた。


私のお店にいつも薬を買いに来てくれたお客さん。私よりも少し、年下の男の子。
病気でお母さんを亡くしてしまったけれど、それまで毎日のように薬を買いに来てくれていた。

そんな彼がいつだったか、今の私と同じように、夜空を見上げながらそう語っていた。

"たとえ星に還っても、あの夜空の輝きはあそこで生きてる証なんじゃないかなって、僕は思う"___と。


その時はまだ、彼の視線の先にある夜空は、私にとってはプレートの隙間から見えるただの背景でしかなかったけど。
今ならあの子の話が、あの切なそうな表情の理由が、分かる気がする。






私が助けられなかった七番街の人達の事が、夜空を通して頭をよぎる。

私が柱の上に行けていたら助けられたのに、と……その後悔がずっとずっと、深く私にのしかかっていた。

クラウドの話を聞いて…故郷、というものが……私にとっては、あの七番街スラムだったんだと気づいた。でもそれももう遅くて。

私の故郷はもう無くなってしまった。守れたはずなのに、守れなかった。
特別な眼を持っていたって…私が弱いから、何も出来ない。それが悔しくて仕方がなかった。



「………もっと、強く……なりたいな」



夜空に輝く、沢山の星々に向かって。

ぽつり、と、そう呟いた。



「…おばあちゃん、見守ってくれてるのかな」



皺だらけの手で、何度も何度も頭を撫でてくれた。
すごく暖かくて、心地が良くて……大好きだった。


たとえ星に還ろうとも、失うことは…とても恐ろしい。
支柱で見た、冷たいジェシーの穏やかな顔が、忘れられない。



もし……もし、私にも守れるものがあるなら。
ほんのひと握りの、私の大事な人だけでも、守れる力が欲しいと……私は星に願った。



「………」

「……エル?」



願いを込めて、夜空を見上げていた時だった。
不意に、近くに人の気配を感じたと思えば名前を呼ばれて。


振り返ればそこには、エアリスがいた。



「…どうしたの?…あ、もしかして起こしちゃった…?」

「ううん、たまたま目が覚めたの。
でもそしたらエルがいなかったから。探しに来ちゃった」



悪戯っぽく笑ったエアリスは「隣、いい?」と一言添えてから、私の隣に座った。
彼女の透き通るような碧眼の瞳にも、星空が映る。



「空、綺麗だね」

「うん、今までずっと眺めてた」

「…プレートが無い空を見るのは初めて?」

「うん、初めて。昼間は眩しくてびっくりしちゃったよ」



「でもそしたらクラウドがね、眩しいのはフード被ってないからだろ、って。私、そんなこと全然気づいてなくて思わず笑っちゃった!」と、続けてエアリスに話した。

エアリスとはミッドガルのゲートの外で別れたきりだったから、少しの間だったけどなんだか久しぶりに話すような気がして、自然と頬が緩んだ。

私の話を聞いたエアリスは、少し驚いたような顔をしてから、いつものキラキラとした笑顔で口を開く。



「クラウドも、エルとはすっかり仲良し、だね!」

「え?そうかな…?」

「うん、ウォールマーケットの時とは全然雰囲気違うよ?」

「んー…そんなに何か変わったような気はしない…け…ど………」



唸りながら、ふと、あの時の言われた事を思い出す。



「エル?どうかした?」

「あ、うん、いや…」

「…なになに?気になる〜!」



エアリスは、以前ウォールマーケットで見せたような、にやにやした顔で私の顔を覗き込む。
その真っ直ぐな目に耐えれなくて、私はおずおずと口を開いた。



「く、クラウドがね…さっきの話の後に……『あんたはそっちの方がいい』って言ってたの思い出して…でもそれだけ!何でもないよ!」



するとエアリスは、綺麗な碧眼の瞳を驚いたようにまん丸にして、それから顎に手を当てて「ふ〜ん?へえ〜〜?なるほどなぁ〜〜〜!」と1人で声を弾ませていた。



「え、エアリス、、?」

「あ、ごめんごめん!それで、エルはどう思ったの?」

「ど、どう、って……普通に嬉しかった、かな。
皆の前でならありのままでもいい、って思えたけどやっぱりちょっと不安だったから……クラウドにそう言ってもらえて、けっこう……かなり、安心したかも」



私はあの時の事を思い出すように、胸に手を当てて考えてみる。
この旅においてリーダーとなったクラウドに、ありのままを認めて貰えたような、そんな気がしてかなり安心したのは事実だった。



「それ、クラウドにちゃんと伝えた?」

「へ?い、いや…!恥ずかしくて言えないよ…!」

「もー、だめだめ!ちゃんと伝えないと、私、エルの事嫌いになっちゃう!」

「え?!!やだ!!なんでよ〜!!」


突拍子もないエアリスの発言に、驚いて隣に座る彼女の方に身を乗り出す。
そんな事言わないで、と、ぎゅっとエアリスの服の裾を握った。

すると、エアリスは私のその手を上から優しく両手で握って、穏やかな声で「エル」と名前を呼んでくれた。
その声に俯いていた顔をあげれば、また、太陽のように暖かいエアリスの笑顔。



「ふふ、冗談はおしまい。でもね、エル。
感謝の言葉は、ちゃんと伝えた方がいいと思うの」

「………うん、」

「エルも、誰かに『ありがとう』って言って貰えたら嬉しいでしょ?」

「…うん、嬉しい」



言われてみれば、確かにそうだった。
薬屋をやっていて、誰かの役に立てて、ありがとう、と。言って貰えるのが嬉しくて、頑張ってきた。

でも……自分から、誰かにお礼を伝えた事は……あんまりなかったかもしれない。



「うん、うん!………しっかり、声、届くなら。…お礼、ちゃんと言おう?」



どこか、ほんの一瞬だったけど。エアリスは儚く切なそうな瞳で、私を見ていた。
今まで見てきた、元気で笑顔の絶えないエアリスからは想像出来ない表情に、見間違いかと瞬きをする。

エアリスは小さく微笑んでいたけれど、やっぱり瞳の奥は確かに切なさが灯っていた。

私はそれに気付かないフリをして、うん、と大きくエアリスに頷いた。



「さ、じゃあ、そろそろ戻ろっか?」

「うん、そうだね。戻って少しだけ、寝ようかな」



ベンチから立ち上がって、宿の扉を開ける。
中に入る前、もう一度振り返って星空を見れば、先程よりも幾分穏やかな気持ちになれた。

月明かりだけが差す真っ暗なエントランスを、転ばないように慎重に歩いて。
2階へと続く階段を登ろうとした時、ふとエアリスが私のローブの裾を引っ張って「ごめん、忘れ物!」と小さな声で言った。



「大丈夫?」

「うん、平気!すぐ戻るね」



エアリスはそのまま小さく手を振って私に背を向けた。
どうしたんだろ、と気になりはしたけれど、眠たさもあって私もそのまま振り返ることなく部屋へと戻った。






______
___
_








「…心配なら、自分で声、かけたら?」

「……………いつから気づいてたんだ」

「そりゃ〜もちろん、最初から!」

「……はぁ」



エントランスの入口からは死角になる柱の影で、腕を組んで寄りかかっていた俺の元に、エアリスが少し身を屈めて声をかけてきた。



「…こんな真夜中に足音がしたら、普通警戒するだろ」

「…もう、素直に"心配で様子を見に来た"って言えばいいのに」

「…別にそんなんじゃない」



ソルジャーとしての慣れからか、あまり深く眠らない俺にとって、隣の部屋から聞こえた足音は目を覚ますには十分だった。

階段を降りて遠ざかったままの足音を不審に思い、そっと部屋を抜け出して足音を辿っていく。

そうして…様子を見に来た先にいたのは、
フードも被らずに物憂げな表情で夜空を見上げるエルの姿だった。

その表情とは対照的な、月明かりに照らされて輝くプラチナブロンドの髪が……脳裏に焼き付いて離れなかった。

エントランスの窓からでもよく見えた彼女のその表情に、思わず声をかけるのを躊躇った。



「……私たちの会話、聞いてたんでしょ?」

「………」



無言を肯定と捉えたエアリスが1歩前に出て、ずい、と顔を上げて俺の表情を伺う。



「まさかクラウドがエルにあんな事言ってたなんて。私がびっくりしちゃった」

「………」

「ウォールマーケットの時は何も言えなかったのに」

「………」


「…エルの事、好きになっちゃった?」




沈黙を貫いていたが今度ばかりは黙るわけにもいかず、口を開いて再度「そんなんじゃない」と、はっきり否定した。

エルに抱いている感情はそんなものじゃない。
ただ何となく…見ていると放っておけない。それだけだ。

俺のその答えに、エアリスは面白くなさそうに上げていた顔を落として、俺と同じように柱に寄りかかった。



「エル…さっき、なんだか思い詰めてた」

「…そうだな」



エアリスも、あのエルの顔を見たんだろう。
しんみりとそう呟いたエアリスだったが、それも一瞬のことで。
再び口を開けば、それはいつもの天真爛漫なエアリスだった。



「クラウド、これからエルのこと、気にしてあげて、ね。
あの子……知らない間に無理しちゃうタイプだよ、きっと」

「……なんで俺に言うんだ。ティファに話すべきじゃないのか?」

「あら?そんなのクラウドがリーダーだからに決まってるじゃない!
それとも他に、"エルの事を気にかける理由"があるの?」



こちらを見ていつになくニヤニヤと微笑むエアリスに、嵌められた、と悟った。



「……寝る」

「あ!逃げた!」



この女はどうも、すぐそう言う話に持っていきたがる。
楽しそうにこちらを見つめるエアリスに、興味無い、と吐き捨てて部屋へと戻った。







ベッドに入り、仰向けで目を瞑る。
そうすれば、先程見たエルの表情とエアリスに言われた言葉が、何度も頭の中で木霊した。




気にしてあげてね、か……

…そんなの、言われるまでもなかった。



エルの行動は…いつだって、誰かに迷惑をかけないように……そんな風だった。
その、謙虚と片付けるには不自然な彼女の違和感の正体に、俺は気づいてしまったのだ。



おそらくエアリスもそれに気がついて、尚且つ俺も分かってると知って話しかけてきたんだろう。







スラムで出会った、幼馴染の親友。
ずっと身を隠すようにローブを纏い、滅多に感情が表に出ない彼女には…記憶が無いのだと、知らされた。


エル自身はさらりと何でもないように話していたけれど、記憶が無いなんて、俺には想像もつかない。

今まで生きてきて積み上げてきた知識や経験、それを失っているにも関わらず、平然と気丈に振舞っているエル。
でも、だからこそ……痛々しくも見えるのだ。



エルは、謙虚でもなんでもなかった。

自己肯定感。人が当たり前に持っているそれを、エルは記憶を無くしたせいで失ってしまっていた。




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