01

遠回りの道連れ





深夜。とっくに日付は変わったであろう真夜中の7番街スラム。あたりは薄ら寒い夜風が吹き、ちらほらと灯りが残りつつもふと道端を覗けば、暗く濃い影が落ちている。



「残りの在庫は……ポーションは30個、エーテル20個かぁ……」



いつも被っているフードをさらに深く被り、小さなメモ帳を凝視してぶつぶつと独り言を言いながら夜更けのスラム街を歩く。
時折こちらを見るガラの悪い輩がいるので、目を合わせないようにしっかりとメモ帳を見る。
こんな時間、襲われでもしたらロクな事にはならない。



「うーん…足りないよなぁ〜。お店に戻ったら急いで作らないと…」



私はしがない薬屋だ。ポーションやエーテルはもちろん、毒消しや対モンスター用の痺れ薬など様々な薬を日々、スラムに湧くモンスターを狩っては自作して売り歩いている。
明日は…いや、今日か。朝イチでお得意様、可愛い看板娘がいると評判のセブンスヘブンへの納品がある。



「えーっと…素材の在庫は……」



簡素にまとめられたメモを見て、必要な分の素材があるかを確かめる。うん、まだまだ余裕はありそう。
これなら1時間くらい作業をすれば寝れそう…!そう思った時だった。



「ヴヴ……グゥ……!!」
「……うわ、やっば」



最悪だ、メモを凝視して進むあまり、いつも通る道を間違えてモンスターの巣に立ち入ってしまった。ここ、自警団がよく依頼を受けて討伐しに来る場所じゃない…!
あれよあれよという間に、私を取り囲むように大小様々なモンスターがにじり寄ってくる。
はっきりいえば、私は戦闘は得意ではない。薬品に必要な素材を落とすモンスターを狩ってはいるが、それはあくまで1対1が精一杯。
罠にかけて毒薬を投げつけたり、爆弾を設置したりと、コソコソと倒すことしか出来ないのである。
こんな数のモンスター、倒せるわけもないし、今はいつも使う罠や対モンスター用の毒薬は持っていなかった。
これはもう、うん、逃げるしかない。
フードを被り直して、元来た道を猛ダッシュで戻る。



「この数はやばい、どうにかして撒かないと…!」



ダッシュした瞬間、こちらの様子を伺うだけだったモンスター達が一気に襲いかかってくる。
後ろから度々触手のようなものが飛んできたり、火の玉が飛んできたりするが為す術もないのでとにかく走る。



「あーもう!早くどっか行ってよね!!」



一通り元来た道を走り、ちらりと横目で後ろを確認するがモンスター達は変わらず私の方をまっすぐ追いかけてくる。
一本道走るだけじゃだめか…適当に角を曲がってやりすごそう。そう思って目の前の角を曲がった瞬間



__ドスンッ

「わっ…!」

「っ、!」



何かにぶつかり、思いっきり前に倒れ込んだ。

いっったぁ……何事かと振り返ると、こそには身の丈程の大きな剣を持った、金髪のツンツン頭の男の人がいた。
どうやら前も見ずに曲がったせいでにこの人にぶつかってしまったらしい。



「あっ、ご、ごめんなさい…!」

「いや……俺の方こそ、悪かった」



そういって、転んでしまった私へと黒いグローブをはめた手が差し出された。
咄嗟に出されたその手に少しだけ躊躇ったが、遠慮なく手を掴み立ち上がる。
優しいな、この人。私がただ、猛ダッシュしてぶつかりに来ただけ……



「…あ、……やば」

「……まずいな」



立ち上がり、思い出したように振り返れば、そこには先程みた光景があった。あっという間にモンスターに追いつかれて囲まれていたのだった。



「…あんたが、連れてきたのか」



咄嗟に1歩前へ出て、背中の大剣の柄へと手をかけた男の人は、前を見据えたままそう聞いてきた。



「えっと、その……ぼーっとしてたら、巣に入り込んじゃったみたいで…逃げてきたんですけど……す、すみません……」



男の人は、私の答えにちらりとこちらを向いて、大剣から手を下ろした。



「走るぞ、いいか」

「は、はい!」

「こっちだ」



そういうと男の人は小さなモンスターの横を臆する事無くすり抜けて走り出した。え、ちょっと、待って!慌てて私も走り出す。
するとまた、モンスター達は大きく叫び声をあげて追いかけてきた。

何度か角を曲がったりしていくうちに徐々に追いかけてくるモンスターは減ってきた。
しかし明らかに足の早い彼についていけず、時折見失いかける。
巻き込んだ身で置いていくなというのも図々しいかと思ったが、スレスレのところに飛んでくるモンスターの攻撃にびっくりして思わず声を上げてしまった。



「ま…待って……!!」



私の声がちゃんと聞こえたのか、後ろを振り向き止まってくれた。う、なんかやっぱり、悪いことしたかな…。

追いつくと彼は私の足元を見て怪訝な顔をした。「悪いな、」とバツが悪そうにポツリとつぶやく。

…あ、いや、さっき転んだせいで走れないんじゃなくて、あなたが早すぎるんですよ…!!と、内心思ったけれど、先程よりもスピードを落として走っていく彼に黙ってついて行った。


少し広めの通りに出たところで、彼は周りを見渡して何かを見つけたようだった。
1度私がちゃんと着いてきているか振り返って確認してから、細くて小さな路地へと走っていく。



「ここに隠れよう」



人ひとりがやっと通れるくらいの狭い路地に入り、しゃがんで身を隠す。
さっき転んだ時に少し膝を擦りむいたようで、しゃがんだ時に鈍い痛みが走ったけれど顔には出さずに我慢する。

そんな私を知ってか知らずか、彼はおずおずと「怪我は、」と聞いてきた。



「いえ…っ、大丈夫ですよ……!すみません」



私は上がった息を整えながら、横目でちらりと彼を見上げた。
そこには、最初見た時こそ慌てていて気づかなかったが、明かりに照らされた綺麗に整った顔があった。

すごい、この人めちゃくちゃかっこいい。こんな人、このスラムにいたっけな…?と、改めて申し訳なさが湧き上がってくる。



「あの…ほんと、ごめんなさい、巻き込んでしまって」

「…気にするな」



こんだけ走り回っても息のひとつも上がっていない彼の様子に、この人は普段からこういうことに慣れているのかな…?と考える。
まあ、見るからに戦闘タイプ!って感じの武装ではあるよなぁ…。


私の息が整った頃に、彼は立ち上がって路地の隙間から大通りの方を確認した。「もうどこかへ行ったな」という彼の言葉にほっと一息。よかった、助かった……。
私も立ち上がり、ハーフローブの裾に着いた土埃を払って彼の方へと向き直る。



「助けてくださって、本当にありがとうございました」

「…ああ、別に」

「私のせいでこんな時間に面倒なことに付き合わせてしまってごめんなさい。これ、もしよかったら…受け取ってください」



私はそう言ってポケットからポーションを取り出す。これは私が売っているポーションの中でも1番高いやつだ。
他のやつと比べてこれは瓶にも細かな装飾があって、見た目も綺麗で何より効き目が良いと評判の特製ポーションである。



「…気にするな、と言っただろ。別に、大したことじゃない」

「いえ、そんなわけには…!私、薬売りなんです。見たところ、その大きな剣…よくモンスターとかと戦うのでしょう?よかったら、役に立ててください」



そういって彼の目をまっすぐ見据える。…といっても、深く被ったフードからじゃ、きっと彼には私の顔はほとんど見えていないだろうけど。

しばらくの間のあと、私の引き下がりそうにない素振りに諦めたのか、彼は短くため息をついた。



「……悪いな」

「いえ、…ありがとうございました」





そういって、顔はよく見えなかったが心無しか女は笑ったような気がした。
自分が悪い訳でもないのに、何かとすぐ謝罪を口にする、謙虚な女だった。
ぺこりと頭を下げて「私はこれで、」と去っていくグレーのハーフローブの女を、気づけば背中が小さくなるまで見つめていた。



「……見た目は怪しいが、悪いやつでは無さそうだな」



ハーフローブに着いたフードを深く被り、素顔の見えない姿こそ不審ではあったが、話せば悪いやつではないと直ぐにわかった。
その証拠に、薬売りらしい女から礼だといって押し付けられたポーションを見る。他のやつと明らかに違う見た目に、かなり良い品をくれたのだろうと推測する。

ふと、麻紐で括られたタグを見るとそこには文字が書かれていた。



「…エル……?」



それが、俺の運命を大きく動かすことになる彼女の名前だった。



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