17

朝を削って夜を齎す





「レノ。傷の具合はどうだ」

「…見ての通りだぞ、と」



レノ、と呼ばれた男は、一面真っ白の無機質な病室のベッドの上で、ぶっきらぼうにそう答えた。

部屋に一つだけ取り付けられた窓を見つめながら答えた後に、部屋を訪れた黒髪の男の方をちらりと一目見ると、再び窓へと視線を戻す。
そんなレノの額や手には包帯が巻かれており、所々には痛々しい傷跡が残ったまま。

上半身を起こした状態でベッドに寝そべり、虚ろな表情を浮かべたままレノの様子に、病室を訪れた男__ツォンは言葉をかけた。



「報告だ。よく聞いておけ」

「…はいはい」



先日の7番街プレート崩落任務の際に、アバランチ一行との戦闘で負傷したレノは、神羅カンパニーの本社ビルにある病室で療養していた。

本来アバランチなどタークスには取るに足らない相手だが、元ソルジャーが居るとなれば話は別だった。

魔晄を浴びて強靭な肉体を得たソルジャーに、"そういう意味"では特殊な力の無い一般人であるタークスは張り合うことすら厳しいであろう。
それでもレノは、元ソルジャーのクラウドとほぼ互角に戦っていた。
受けた傷はさほど重症ではないが、本気で戦っていれば命があったかどうか怪しい所である。



「我々は元社長を殺害した犯人をセフィロスと断定し、追跡することになった。
そこで、療養中のレノに変わって新人を迎え入れる手筈だ」

「…新人?」



ツォンはベッドの上にぱさり、と一束の書類を置いた。
レノはそれを気だるそうに受け取りパラパラ書類を捲りながら、続くツォンの報告を聞く。



「エアリスは今、ミッドガルを出てアバランチと行動を共にしている。
よって彼女の保護観察はしばらく打ち切りにするつもりだ」

「…いいのかよ、それで」

「ああ、仕方ない。だが対策は打ってある。
…エルも、アバランチに同行しているようだからな」



その名前にレノはぴくり、と反応する。
そして再び、目線を書類から窓辺へと戻した。



「報告によれば、ハイウェイに送った神羅兵の追っ手は彼女が振り切ったようだ」

「…怪我は、」

「ああ、恐らく無事だろう。すぐ近くにあの元ソルジャーがいたらしい」



ツォンのその言葉に、窓辺を見つめるレノの瞳は曇り、眉間に寄せた皺は深くなるばかり。
自身に深手を負わせたばかりか、エアリスを神羅から奪い去り、エルも連れ去ろうとしているクラウドに対して、気に食わないと握り締めた手に力が入る。




「アバランチ一行の行方は今ルードが追っている。時期に報告が上がるだろう」

「……了解」

「……いいのか、レノ」



ツォンは真っ直ぐレノを見る。

……まるで、遠くに行ってしまった彼女を探すように窓辺を見つめて逸らさないレノの姿に、ツォンの冷たい視線が刺さる。

レノにとってのエルという存在の意味をよく知るツォンは、彼女の行方を気にしている態度とは裏腹に何も言わないレノに違和感を感じていた。



「…いいもなにも、俺が決めることじゃないぞ、と」

「お前が後悔しないのなら、私はそれで構わないが…」



エルの不思議な能力。これを神羅内部にすら秘匿し極秘に彼女の存在を守ってきたのがタークスであり、レノが担当となっていた。
…記憶があっても、なくても、彼女の能力が消えた訳では無い。
それは先日の支柱での一件と、先程のアバランチ脱走の際に疑惑から事実に変わっていた。



「今のお前をエルが見たらなんと言うかな」

「…………」

「彼女がアバランチに同行し真実探っているならば、記憶を取り戻す日もそう遠くは無いだろう。……いつまでもいじけてないで、向き合う覚悟をしたらどうだ」

「…………ターゲットがどこにいても、任務は必ず遂行する。それがタークスだろ、と」



煮え切らない態度のレノの目が、ほんの少しだけ泳いだのをツォンは見逃さなかった。

レノが言う「ターゲット」とはエルの事で、任務とは彼女の保護観察の事だろう。
本当は心配でたまらないくせに、決してそれを口に出さないのは私情を任務に挟まないためで、レノなりのタークスとしてのけじめ。
だから、任務は必ず遂行するとしか言えないレノの不器用さに、ツォンは静かに笑みを零す。



「ふっ、そうだな。では、引き続き療養に励んでくれ」

「…へいへい」



ぱたり、とツォンが病室から出ていき扉が閉まる。



「俺、どうしたらいいんだっての……」



レノの言葉が、無機質な病室に響く。

力を持ったまま記憶を失ったエルを、タークスの任務としてこれまで守ってきた。
しかし、7番街プレートの崩落任務のせいで守ってきた彼女の居場所を奪わねばならなくなり、レノは「タークスとしての誇り」と「エルを守る」という自分との約束で葛藤し、もがき苦しんでいた。






______
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「エル」

「ん?」

「体はもういいのか」



ミッドガルのゲートの外。
これから、荒野を歩いてカームという街まで向かうにあたって、パーティーを分ける事になった。

戦闘面の実力から言って、俺とエルとレッドが同じパーティーだ。
エルは…言わずもがなだが、レッドは悪い奴ではないがまだ信用が出来なかったので、近くに置いておく事にした。



「うん、大丈夫だよ。自作のポーション、本当によく効くみたい」



そう言ってエルは、へらり、と笑った。
見慣れないエルの素顔に、思わず目を奪われる。

今までずっとフードで隠れて見えなかった、プラチナブロンドの髪に透き通るような青い不思議な瞳。
今まで口元までしか伺えなかった彼女の表情が、今ははっきりと見える。

隠していた事を話せたからだろうか。
前よりも砕けたように、屈託なく笑うエルの笑顔にどきり、と心臓が脈打った。



「…クラウド?どうかした?」

「ああ、いや…なんでもない」



エルに声をかけられて、はっ、と目を逸らす。
不思議そうな顔をしたエルがこちらを見ていたが、なんとなく目を合わせられなかった。



「それにしても、空ってこんなに眩しいんだね…」

「エルもミッドガルの外は初めてなのか?」

「うん、スラムからは出た事なかったから」



レッドの質問に、エルが答える。
先程からずっと周りを眺めているエルの様子を見る限り、よほど外が珍しいんだろう。

気を使ってなのか俺達には大人しく着いてきているが、心ここに在らずで常に周りの景色を見ていた。
景色と言ってもただの荒野だが、放っておけばまた転びそうだ、などと頭の隅で考える。



「眩しい理由はそれだけじゃないだろ」

「…え?どういうこと?」

「…フード、もう被らなくていいのか」



一歩後ろを歩くエルに、歩みは止めないまま少し振り返る。
するとそこには、面食らったように目を見開いて驚いた表情を浮かべてるエルがいた。



「あ、、そっか、そりゃそうだね…!うん、フードはもういいの。
街に着いたら被ろうかなって思ってるけど、みんなの前ならもう必要ないかな」



自分の目が人と違うから怖かったと、先程エルは言っていた。
俺の魔晄の目も似たようなものだが、理由を知らなければ珍しがられるような見た目ではない。

俺達の前でならもう怖がる必要は無いと話すエルに、それが彼女なりの信用の証なのだと考え少しだけ口元が緩む。



「あんたはそっちの方がいい」

「ふふ、ありがと、クラウド」



照れくさそうに笑う彼女に、本当はこんなにもくるくると表情が変わる奴だったのかと思い目を伏せる。

初めて会った時はまるで色の無い奴だと思っていたが、プラチナブロンドを靡かせて微笑むエルを、素直に綺麗だと思った。




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