16
とある希望的観測
「エル、何言って………?!」
「大丈夫、私がなんとかするから」
ここまで、色々あった。
私は、自分の無力さ故に多くの人を犠牲にした。
それなのに、そんな私を見捨てないで、助けに来てくれた人がいた。
私の無事を願って、ずっと心配してくれた人がいた。
役に立てないと嘆く私に、ありがとう、と感謝する事を教えてくれた人がいた。
この状況をひっくり返せるとしたら…それは私しかいない。
振り返ったクラウドが、大きく目を見開いていた。
私の青い幾何学模様のスコープと、翡翠色の目が合う。
彼の瞳の中にあるのは…ずっと隠していた私の顔。
私はそんなクラウドに向かって、精一杯の笑顔で答えた。
「安全運転、よろしくね!」
「おい…!!」
ずっと、人とは違う眼を持っている事が怖かった。
記憶がなくてただでさえ自分の事が分からないのに、こんなものを持っているせいで余計に自分が何者なのか分からなくて。
でも…それよりもきっと、命懸けで戦う事の方がずっとずっと…怖いはずだ。
それでも、大事な街を、仲間を、守るためにこの人たちは戦ってたんだ。命懸けで。
それに比べたら、私が隠してきたものなんて…大した事じゃない!!
クラウドに捕まっていた片手を離して、後ろを振り返る。
1度目を閉じて、意識を集中させてから目を開いて敵を見据えた。
「視界混交!!!!!」
「!?!」
「「うわあああ!!?」」
私の眼に浮かんだスコープが、追いかけてきている神羅兵の目にも浮かぶ。
一人、また一人と私に視界を支配されてバイクから崩れ落ちていく。
突然前を走っていた仲間がいなくなり、操縦者のいないバイクが次々に後ろの神羅兵を襲った。
その光景に、前にいるクラウドがハッと息を飲み、トラックに乗っている皆も同じように、目を見開いて私を見ているのがわかる。
…まぁ、驚くよね、色々な意味で。
「なんかよくわかんねえけど、お前すげえじゃねえか!」
「へへ…そうかな、」
そんな中、バレットだけが思った事をそのまま口にしていた。
でも今は、そんな何気ない一言にも救われる。
「一体何が起きたの…?エルがやったの…?」
「私も…わからない……」
「…考えている場合ではないな。まだ追っ手が来ている」
一先ず急接近されていた数人は片付いたが、相手は神羅。続々と後ろから応援部隊が来ていた。
既に慣れない力のせいで息は浅くなり、じわりじわりと眼球を伝い頭が痛み出す。
でもまだまだ、この程度でへこたれる訳にはいかない。
私は再び意識を集中させて、視界混交で追ってくる神羅兵達を退けていく。
段々使い方に慣れてきたのか、遠くにいる相手でも力が届くようになっていた。
そのおかげで接近される前に追っ手を倒すことが出来て、何とか全ての神羅兵達から逃げ切ることが出来た。
が、しかし………
「…っ、なに、あれ……!」
「もう!本当にしつこいわね!!」
兵士を倒したと思ったら、今度追いかけて来たのは大きな戦車のような機械兵。
エレベーターの中で戦ったやつよりも遥かに大きい。
そして目の前に迫るのは…ミッドガルハイウェイの終わり。
先には道が続いておらず、これ以上進むことは出来ないのでここで戦わざるを得ない。
バイクとトラックを止めて皆が敵に向かう中、視界混交の反動で体に上手く力が入らず私はバイクから降りるのもやっとだった。
「……っ、」
「大丈夫か、エル」
ふらついて転びそうになる所を、クラウドに腕を引かれてなんとか立ちあがある。
「ごめん……っ、ちょっと、しんどいかも…」
「ああ、後は俺達に任せてここで休んでろ」
クラウドは私の腕を掴んだまま道路脇にそっと座らせてくれた。
頭はズキズキと痛み、全身に力が入らない。目を開けているのもやっとの状況で、へらり、とクラウドに苦笑いする。
「ごめんね、私も戦えたらよかった、のに…」
私がそう言うと、クラウドは少し面食らったように固まった。
そして私の腕からそっと手を離し、短いため息を着いて私に背を向ける。
「俺達はあんたに十分助けてもらった、ありがとう」
クラウドのその言葉に、今度は私が面食らう番だった。
…ありがとう、って、言ってくれた。クラウドが。
いかにも口下手そうな彼からの直球過ぎる言葉に、自然と頬が緩む。
嬉しくてにやける顔を俯いて隠したまま、うん、と小さく頷くと、クラウドがここから足早に離れていく足音が聞こえた。
…そっか、私…少しは皆の役に立てた、のかな。
とても穏やかな気分のまま、私は皆の戦闘が終わるまで目を閉じた。
_____
___
_
「エル、大丈夫?」
「……ん、…ティファ………大丈夫だよ、ありがとう」
ティファの声に、閉じていた目を開ける。
どうやら先程の大きな機械兵との戦いは終わったようだった。
「さて、どうするよ?」
神羅からの追っ手は全て振り切れた…のかな。
周りを見渡したバレットがそう口を開いた。
するとクラウドがハイウェイの端の方へ歩いていき、遠くを見つめながら答えた。
「セフィロスは生きている。俺は…あの時の決着をつけなくてはならない」
「それが星を救うことになるんだな?」
そんなクラウドに問い詰めるように、バレットがクラウドの方へ近づいて行く。
セフィロス……神羅の社長が死んでいたのを見つけた時に、クラウドとティファが話していた人の名前だろう。
「…おそらく、な」
「おっし!オレは行くぜ!」
「私も、行く。…知りたい事、あるから」
バレットとクラウドの背中を追うように、俯いていたエアリスも歩き出してそう答えた。
…知りたい事、か。
思えば、自分の事を知らないと嘆きながら、私は1度も…自分の事を知ろうとしていなかった気がする。
7番街スラムに来たのは、5年前。
名前を知らない、あの赤い髪の…黒いスーツを着たタークスの人。
彼に連れられて、7番街スラムのおばあちゃんに預けられた。
その時もたしか、黒いスーツを着ていたと思う。なんでタークスのあの人と一緒にいたのかはわからない。
でもその時、あの人は「お前には記憶がない。その眼は誰にも見せるな」と言っていた。
……約束、破っちゃったな、そういえば。
それから2年間、おばあちゃんと暮らしてて。
おばあちゃんが亡くなってからずっと家にいたけど、偶然ティファに会って、仲良くなって……。
私は、一体何者なんだろう。皆と一緒に行けば、答え、見つかるのかな。
「……私も、一緒に行きたい」
フードを外したままの顔で、まっすぐ前を向く。
するとバレットが、少し低い声で私に向かって口を開いた。
「お前にはその前に聞きたい事がある。さっきのすげえやつ、あれはなんなんだ?」
「私も、エルの事、ちゃんと知りたいな」
バレットの言葉に続くようにエアリスがふわり、と笑って私を見ていた。
他のみんなも、頷いて私を見ている。
…私はぎゅっ、と手を握って、覚悟を決める。
誰にもまだ話していない、自分の事。
「私ね、………記憶がないの」
「「?!」」
「私が7番街スラムに来たのは5年前。でもそれより前の事、何も覚えてない。
自分が誰なのか、…この眼の事も、何も知らないの」
記憶が無い事を伝えると、みんな目を見開いて驚いていた。
…ティファだけは、多分、何となく察してくれてたんだろう。目を伏せて、切なそうな表情をしていた。
「私の眼、みんなと違う…よね。それが怖くてずっと隠してた。
……これ、なんかすごく色々見えちゃうみたいで。
物が透けて見えたりとか、飛んでくる弾丸がはっきり見えたり、相手の弱点とかも見える」
慣れない力を使いすぎると体に反動が来ることはあえて黙ったままにした。余計な心配はかけたくなかったから。
「…地下下水道と列車墓場で俺達を助けたのは、それの影響か?」
「そういえば、エレベーターの中で戦った時、サンダーが効くと教えてもらったな」
「うん、その通り。でも…詳しい事は全然わからないの。
だから自分の事も、眼の事も…もっと知りたい」
少し震える声で、一緒に行きたいと願った。
そんな私を、ティファが優しくぽんぽん、と頭を撫でてくれた。
「うん、エルも一緒に行こう!…さらばミッドガル、だね」
「ああ…そうだな」
そうして私たちは、ミッドガルに背を向けた。
長い長い、旅の始まりだ。
[戻る]