15

百億の思い違い





まさかの、まさかだった。
神羅カンパニー……ただ魔晄エネルギーで市民からギルを吸い上げているだけかと思ったけど……乗り込んだエレベーターの反対側から機械兵を仕掛けてくるなんて予想外過ぎた。

相手は魔法かバレットのような遠距離攻撃しか届かないくせ者だ。…かえって、接近型のクラウドとティファがいないのは良かったのかもしれない。

狭いエレベーターの中で、バレット、エアリス、そして…どうやら味方らしい赤い狼のレッドと苦戦を強いられる。

私の眼の力では相手の弱点を伝えることしか出来ない。
機械だし、サンダーが効くかも…!とそれっぽいことを言って、エアリスとレッドがサンダーを打ち込み、バレットが自前の銃で戦う。

私はといえば……機械相手に手持ちの毒や痺れ薬が効くとも思えず、バレットがしぶしぶ渡してくれた手榴弾を投げつつ、ひたすらみんなの解毒や回復に回っていた。

必死に戦う3人を目の前にして、自分の無力さに反吐が出る。
魔法も使えないし、武器もろくに使えない。
そんな自分が憎たらしくて、ぎゅっ、と噛み締めた唇から血の味がした。


エアリスの臨機応変なサポートのおかげで、なんとか機械兵…ハンドレッドガンナーとヘリガンナーとの激闘を終えた。

静かになったエレベーターの中で、せめてもの償いで…一人一人丁寧に手当をしていく。



「ごめんね、私も…戦えたらよかったのに…」

「エル。違うよ」

「…え?」

「こういう時は『ありがとう』って言うの!エルは自分の事になるとすぐ思い詰めちゃうけど、エルが思ってるほど、みんなは迷惑だとか思ってない。ね?」



まるで心を覗きこまれたかのようなエアリスの言葉に、驚いて目を見開いた。



「1人くらいサポート役ってやつがいてもいいんじゃねえか?得意不得意なんてそいつ次第だろ」

「ああ。エルがしっかりエーテルを使ってくれたおかげで気にせず魔法を打てた」

「バレット、レッド……」



ずっとずっと申し訳なさでいっぱいで、ろくに前も見れてなかったけど、エアリスも、バレットも、レッドも…みんなすごく、優しい表情をしてくれていた。



「エルにはエルの良い所がちゃんとある。だからもっと、自分に自信もって?」



うん、と大きく頷いてまっくずエアリスを見る。
エアリスの暖かい太陽のような笑顔が、すごく眩しかった。





3人の手当を終えたところで丁度エレベーターが開き、1階のエントランスフロアに出る。
急いで出入口に向かうが、既にそこは神羅兵に包囲されていた。



「チッ…!すっかり囲まれてやがる。俺ひとりならともかく、この面子じゃ…」



外の様子を伺っていたバレットの苦言に対して、エアリスが俯いて首を振り小さくつぶやく。



「…やっぱり、あなた達だけ逃げて。あの人達が狙っているのは私。あなた達だけなら…」

「エアリス…?!」



先程の眩しい笑顔は面影もなく、何かをぐっと堪えるような寂しさのあるエアリスの表情にとっさに手を握る。
なんで、そうなるの。エアリスだけ置いて行くなんて出来るわけない。



「ヘッ、そうはいかねえな。」



バレットはそう言って外に向けていた体ごとこちらに振り返り、エアリスに続けた。



「アンタはマリンを守るために奴らに捕まった。今度は俺がアンタを守る番だ。これ以上奴らの…神羅の好き勝手にはさせねえ」

「うん…みんなで、ここから逃げよう。ね、エアリス!」

「エル…バレットさん…」

「へへ、よしてくれよ。『バレットさん』なんてオレの柄じゃねえや」



照れくさそうに笑うバレットが、なんだかすごく珍しくて。
いつもサングラスに隠れて表情が分かりにくいし、見た目のせいもあってすごく怖い…苦手意識があったけれど、バレットの意外な優しい一面を見て私も軽く微笑んだ。



「…さて。君達の話が終わったならそろそろここから逃げ出す方法を考えてみないか?」

「ん?あ、ああ…チッ、いやに冷静な奴だな。何処かの誰かさんみたいだぜ」

「何か?」

「いや、なんでもねえよ。さて、どうするか…」



バレットが思い浮かべている人物は十中八九クラウドの事だろう。

屋上で別れてからしばらく経つけど本当に大丈夫なのかな……そう思った時だった。



「バレット!!」



聞き覚えのある、凛とした声に弾かれたように振り向けば、階段を駆け下りてくるティファの姿があった。



「ティファ!クラウドは!?」

「いいから、みんなこっち!!」



ティファはそのまま私たちの前で立ち止まることなく、どこかに向かって走り抜けていく。
言われるがままに着いて行った先にあったのは、神羅製のトラックが展示されている展示場だった。



「ティファ…まさか……」

「ええ、これに乗って逃げるわよ!」

「でも、クラウドは?大丈夫なの?!」

「大丈夫、もうすぐ来るわ」



ティファがそう言った瞬間、凄まじいエンジン音を響かせながらこちらに何かが近づいてきた。
びっくりして音のする方を見れば…バイクに跨って階段を駆け下りてくるクラウドの姿。

流石元ソルジャー、というか。
大きなバイクを華麗に乗りこなすのその姿がすごく様になっていて…一瞬だけ、見惚れてしまった。



「クラウド!無事でよかった…!!」

「ああ。だが話は後だ、急いでくれ!」



トラックにはティファが運転席に座り、安全な助手席にはエアリスが乗るように促した。

さすがに女の子だけとはいえ狭いので私はトラックの荷台に乗ろうとしたけれど、私が飛び乗ろうとした瞬間、ティファが「行くわよ!!」と叫ぶ。

え、と思った時には既に、けたたましいエンジン音と共にトラックが勢いよく発進して、完全に置いてかれていた。

…そんなことある…?!



「エル!後ろに乗れ!!」

「!!」


完全に行き場をなくして固まっていたけど、名前を呼ばれてハッとする。
声のした方を向けば、クラウドがバイクに跨ったままこちらに手を差し伸べてくれていて。
デジャブのような光景に、自然と笑みが零れる。



「しっかり俺に捕まっておけ」

「うん、ごめんね、クラウド」



伸ばされた手を掴み、クラウドに持ち上げてもらってバイクに跨る。
少し躊躇してからクラウドの両肩を掴んで、振り落とされないように体に力を入れた。

するとクラウドは、さっきよりも少し低い声で私に言った。



「…俺の後ろで悪かったな」

「え?!いやいや!そんな訳ない!」



先行していたティファ達のトラックをいとも簡単に追い抜いて、1階のエントランスフロアから階段を駆け上がる。
そのスピード感に私は完全に興奮しきっていて、自分の状況も忘れて少し浮かれていた。



「むしろ、こんなかっこいいクラウドの姿を目の前で見れるなんて幸せだよ!私!」

「なっ…?!」



つい、思った事をそのまま言ってしまって、クラウドがあからさまに動揺していた。
でも、本当に。有名人を間近で見ているような、そんな気分だった。

ティファには少し悪い…と思うけど、そもそも私を置いていったのはティファだし、これくらいはいいよね…!と自分に言い聞かせる。



「ずっとスラムで暮らしてたから…こんな事初めて!」

「随分楽しそうだな」

「ふふ…クラウド、ヒーローみたいでワクワクする!」

「…っ…、それ以上喋ると舌噛むぞ」

「…ええ?!っ、わ…………!!!!」



_____バリンッ!!!


まるで狙ったかのようなタイミングで。
私たちのバイクはスピードを上げて勢いよくビルの窓ガラスに突進して、窓を突破って眼下のハイウェイへと落下した。

今まで体感した事ない急な浮遊感に、怖くてクラウドの背中に顔を埋めて耐え凌ぐ。



「お、落ちるなんて聞いてない…!!!!」

「あんたがずっと喋ってるからだろ」

「……もう!意地悪!」

「文句ならティファに言ってくれ」



クラウドはふっ、と小さく笑って再びスピードを上げてハイウェイを駆け抜けて行く。

そして、クラウドが「俺の後ろで悪かったな」と言った理由を察して苦笑いした。
なるほど、元ソルジャーさんの感覚じゃこれが普通の運転ですか…もしかしてティファ、最初から分かってた…?!

ちらり、と横目で当の本人達が乗っているトラックを確認すれば、何やらバレットが大声を出していたけどしっかり着いてきているようだった。


が、しかし。どうやら簡単には逃がしてくれないようで。



「クラウド、後ろ!追っ手が来てるわ!」

「…ああ、数が多いな」



ティファがトラックの運転席から顔を出してクラウドに叫ぶ。
私もバイクのミラーで後ろを見たけれど、10人か、それ以上の神羅兵がバイクに乗って追いかけて来ていた。



「どうするよクラウド!オレの銃だけじゃ効かねえぞ!」



荷台に乗りながらじゃ、せいぜい威嚇射撃程度にしかならないだろう。
ここから唯一攻撃が届きそうなバレットがそう叫ぶ。

……いつものクラウドなら、追っ手に気づいた時点ですぐに自分で戦うはずだ。
なのにそれを渋ってどんどん追っ手に距離を詰められている理由は1つしかない。



「クラウド!もうすぐこそまで来てる!」

「…俺が引きつける。エル、悪いが…」

「ううん。大丈夫。私がやる」

「……は?」



後ろに、私が乗ってるからだ。
クラウドは私に遠慮して武器が使えない。彼のその大剣の間合いに私が入ってる事なんて、戦えない私でもわかる。


ふぅ、と軽く深呼吸をして。
今までずっと…深く被って来たフードを脱いだ。





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