14

願うように夜を靡いて





「おい、起きろ」

「……ん、…くらう、ど…?」



とんとん、と肩を叩かれて
低い、落ち着いた声に名前を呼ばれる

ぼんやりとした意識で、それが金髪の彼のものだと理解して…………飛び起きた。



「わ…!ごめん!私いつの間に寝ちゃって……」

「それはいい。……部屋の鍵があいてるんだ」

「へ…っ?!」



飛び起きてから、いつもより明るく広い視界に慌ててフードを深く被る。

恐る恐る後ろを向くと、気を使ってくれたのかクラウドは私に背を向けていた。
…見られてない、のかな。

ベッドから降りてクラウドの向いている方を見れば…彼の言うとおり、牢の扉が少しだけ開いていた。



「外の様子を見てくる。あんたはここで待ってろ」

「うん、わかった。……気をつけてね」

「ああ」



クラウドは片手で背中の大剣の柄を持って、牢の外に出ていった。

一体何があったんだろう。
辺り一帯のただならぬ雰囲気にドキドキしながら言われた通り部屋で待っていると、クラウドは案外早く戻ってきた。



「クラウド、それ…」

「部屋の鍵…だろうな。こっちにティファ達がいるはずだ、頼んでいいか?俺はエアリスの方に行く」



そう言ってクラウドから部屋の鍵を受け取って、ティファ達がいるという隣の部屋の鍵を開ける。

扉を開ければティファとバレット、そして…初めて見る赤い狼のような生き物が驚いたように目を見開いていた。



「エル…!!!無事だったのね…!!!」

「ティファ…!!」



時が止まったような部屋の中で、1番早く動いたのはティファだった。
一目散に私の元へ駆けつけて、ぎゅぅぅ、っと、苦しいくらいに抱きしめらる。

私より背の高いティファが顔を埋めている肩が、じんわりと温かくなるのを感じた。



「エル…エル…!本当にもう、すっっごく心配した…!
私たちが巻き込んじゃったのに…エルまでいなくなっちゃったらどうしよう、って……!」

「……うん、うん、大丈夫。
ごめんね、心配かけちゃって……ティファの方こそ、無事で良かった……!!」



ティファの震える声に、支柱で見たジェシーとウェッジの最期が頭を過る。

私なら、プレートの崩落を止めれた、と……あのタークスの人は言っていた。

私が、戦えたら。私さえ強かったら。
そう思うと、悔しさや申し訳なさで胸がいっぱいですごく苦しかった。
大勢の人の命を、私が、救えたかもしれないのに。

泣きそうになるのをぐっ、と堪えて。
私が…泣いていい訳が無い。



少し遅れて、部屋にクラウドとエアリスが入ってきて。
抱き合う私とティファを見たエアリスも、何も言わずに私の事を抱き締めてくれた。
…白くなるほど私のローブを掴むエアリスの手を見て…彼女にも余程心配をかけてしまったんじゃないかと、ただただ申し訳なくて苦しかった。



「あー…なんだ、お前、無事だったんだな。…でもどうやって入ってきたんだよ」



バレットの気まずそうな声に、エアリスとティファがゆっくりと離れて、それぞれクラウドを見るように向き直った。



「ティファ、バレット、レッド、来てくれ。外の様子が変なんだ」



クラウドにそう言われて不思議そうに部屋を出ていくティファ達に続いて、私も恐る恐る廊下へと出た。

…するとそこには、警備兵と思われる人が血だらけで倒れていた。
あまりにも生々しい光景に、思わず息を飲む。

直視するにはあまりにも気分の悪いそれに、自然と眉間に皺が寄った。



「何だか怖いわ…」

「何かに襲われた…?」

「…人間の仕業ではないな。私がこの先の様子を見てくる」



レッド、と呼ばれた喋る赤い狼が、廊下に垂れ流れた血痕を辿って先へと進んで行った。

彼…は、何者なんだろう。
一緒に牢屋にいたバレッドやティファの様子からして敵ではないのは明らかだ。…仲間なのかな?



「こいつの後始末はオレに任せて、お前らは先にいけ。神羅に見つからねえうちによ!」

「ああ、わかった。行くぞ」



ティファとエアリスが、先行するクラウドに着いて行き部屋を出ていった。

でも私はそれを…眺めるしか出来なかった。
一緒にいけば、確実に私は足でまといになる。そう思うと足がすくんで動けなかった。



「…エル?どうした?」

「……」



私が動かない事に気づいたクラウドが、部屋の外で立ち止まって振り返る。
じっ、とこちら見る翡翠の目を…見る事が出来なかった。



「…私、足でまといになるから。クラウド達とはここで………?!」



言い終わる前に突然、ぎゅっ、と手を掴まれて。
驚いて俯いた顔をあげれば、私はクラウドに手を引かれて部屋を出ていた。



「俺を誰だと思ってる」

「…えっ、」

「戦うのは俺1人で十分だ。あんたは黙って着いてくればいい」



前を歩くクラウドの表情は見えない。
でも、グローブ越しに伝わるクラウドの手の温かさに、じわりじわりと、安心感で満たされるのを感じた。


思えば、私は、いつもこの手に助けられてるな、なんて。
転んだ私に手を差し伸べてくれた時の事がふと頭に過ぎった。




クラウドに手を引かれたまま先に進み、実験室のような入口まで来た。
するとその先には一際大きな血溜まりがあり、警戒したクラウドの手がぱっ、と離される。


それに少し名残惜しさを感じつつ、ゆっくりと中に入り先に来ていたレッドと合流する。
血溜まりは一部が破壊された装置に出来ていて、そこを見つめながらレッドが静かに語る。

ここに来るまでの道中でも、警備兵の様に倒れている人達が沢山いた。
この異様な状態を作り出したであろう「ジェノバ・サンプル」はここから持ち出されて上に向かったんじゃないか、とレッドは言う。

血痕を伝ってエレベーターに乗ろうとした時、少し前にいたクラウドが私の方を振り返った。



「…俺の側から離れるなよ」

「…うん、わかった」



真剣な目で言われて、思わずどきっとしてしまう。
…離れたら、間違いなく私の無事は確保できないだろう、というのはもちろん分かっているけれど。

無駄にかっこいい顔でそんなことをさらりと言われるのは…心臓に悪い。


ふぅ、と短く息を吐く。
敵はいつ何処に現れるかわからない。

気を引き締めなきゃ、と思い、エレベーターの中でゆっくり深呼吸をした。



血痕を辿って上へ上へと行くと、それは69階まで続いていた。
血が染み込んでいるカーペッドは歩く度に音を立てており…まだ時間はあまり経っていない事を物語っていた。

そして…開けたフロアの先は大きなガラス張りの窓があり、その前にある大きな執務机にはぐったりと人が倒れていた。



「死んでる…神羅カンパニーのボスが死んだ……」



ということは、この死体は…神羅の社長のもの…?!
びっくりして、1度背けた目をもう一度死体に向ける。
そこには…細長い大きな刀が体に突き刺さっていた。



「この刀は?!」

「セフィロスのものだ!!」

「……セフィロスは生きているのね?」

「……そうみたいだな。この刀を使えるのは セフィロスしかいないはずだ」



セフィロス。
犯人の名前なのだろうか。関わりがあるのか、ティファとクラウドは血相を変えてそう叫んでいた。


ここに来るまでにいた人を全て殺したのだろうか。
そう思うと、あまりの狂気に足がすくんで体が小さく震えた。


今までスラムで暮らしてきて…死体を見た事がないわけじゃなかった。
でも、どこもかしこも血だらけで、死体だらけで……経験したことの無い言い知れぬ恐怖が私を支配する。


そんな私の様子に気づいたのか、隣にいたエアリスが私の手を握ってくれた。
ぱっと彼女の方を見れば、目が合って。大丈夫、と言うように頷いてくれた。



「誰がやったっていいじゃねえか!これで神羅も終わりだぜ!」



バレットがそう声を荒らげた時、この場に似合わぬ声が響いた。



「うひょ!」

「「?!?!」」



茶色いスーツを着た、小さくて丸い小太りの男が逃げるように走り去っていく。
それを素早くクラウドとバレッドが捕まえた。

……普段、あまり気が合わなそうな2人だけど、今のは息ぴったりですごかった。



「こここここころさないでくれ!」

「何があったんだ?」



「セフィロスを見た」という男の話に、クラウドとティファが次々と質問をしていく。

どうやら、神羅の社長を殺したのはそのセフィロスという奴で間違いないらしい。
その後話していた事はよく分からない話だったけど…クラウドがセフィロスに大して異常なほどの嫌悪感や憎悪を抱いているのは確かだった。
あまり感情的にならないクラウドのその様子が、嫌に脳に焼き付いた。


クラウドとバレットが言い争っているうちに、小太りの男は隙をついて逃げ出した。
しかし、聞けることは聞いたのか、2人は後を追わなかった。

その時だった。
窓の外から大きな音が近づいてくる。




「この音…ヘリ…?」

「ルーファウス!しまった!アイツがいたか!」

「誰なの?」

「副社長ルーファウス。プレジデントの息子だ」




正面のガラスに映る、神羅と大きく書かれたヘリ。
逃げ出した小太りの男が、そのヘリに向かって走っていくのがガラス越しに見えた。

その副社長は、血も涙もない人で、長期出張中だったとエアリスとバレットが答える。

こんなタイミング良く現れることがあるだろうか。
皆考えていることは同じで、フロアの脇にある通路から屋上に向かった。

そこには、白いスーツに身を包んだ金髪の男が先程逃げ出した小太りから話を聞いていたところだった。
おそらく、あれが副社長…なんだろう。

話を聞き終えた副社長が、ちらりとこちらに視線を向ける。



「お前達はなんだ?」

「元ソルジャー・クラス1ST。クラウドだ」




男の問にクラウドが真っ先に答える。

それに続くように皆もそれぞれ答えた。



「アバランチだ!」

「同じく」

「……スラムの花売り」

「……実験サンプル」

「……スラムの薬売り」

「おかしな組み合わせだ」



聞き終えた男は、さほど興味もなさそうに鼻で笑って答えた。
そして、今度は自分の番、とでも言うようにその場で風で乱れた髪を整えて語り始める。



「さて、私はルーファウス。この神羅の社長だ」

「オヤジが死んだら早速社長か!」

「そうだ。社長就任の挨拶でも聞かせてやろうか」



そう言って、長々と語るルーファウスは……既に社長そのもの、といった風貌だった。
私たちの前を練り歩き、自信たっぷりに己の理想を語るのは、正しく上に立つもののそれだ。
そんな彼の茶番に付き合わされ、皆うんざりした顔をしていた。それもそうだろう。

演説好きな所はそっくりね、とティファが嫌味を返したその直後、突然クラウドが大きな声を上げた。



「エルとエアリスを連れてビルから出てくれ!」

「なに?」



急なクラウドの切羽詰まった様子に、バレットも私も首を傾げる。
しかし、説明している余裕はないとクラウドは矢継ぎ早に語った。



「説明はあとだ!バレット!本当の星の危機だ!」

「なんだそりゃ?」

「あとで話す!今は俺を信じてくれ!俺はこいつを倒してから行く!」



クラウドはそう言って、ルーファウスに向かって大剣を構える。
たしかに…全員このままこの場所にいるのは得策じゃないかもしれない。

それに……こんなに必死な彼を見るのは初めてだった。
きっとクラウドにしかわからない何かがあるんだろう。元ソルジャーの勘、てやつかな。


私はバレットの方を見て頷いた。
たぶん、ここで何を言ってもクラウドは一緒に来ないと思う。
バレットもそう思ったのか、皆を見回してから「いくぞ!」と下へと続く階段を降りていった。






68階へと降りて通路の扉を通ろうとした時、エアリスがふと立ち止まって「クラウド…なんか、思いつめてた」とつぶやいた。

私もそれに…黙って頷く。
今まで見てきた冷静沈着で無愛想のクラウドとはかけ離れていて、少し取り乱したようなクラウドが心配じゃないわけがなかった。

エアリスの言葉に俯いていたティファが、ぐっと手を握りしめて顔を上げる。



「…私、クラウドを待つわ!みんなはエレベーターで先に!」

「わかった。気をつけてね、ティファ」



ティファの言葉に皆頷いて、先へと続く扉を通る。
2人のことはすごく心配だけど…私が残っても何も出来ない。私は悔しさを噛み締めて、エレベーターに乗り込んだ。





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