13

欠落した情念





外から誰かの話し声や足音がする。
いつの間にか泣き疲れてうたた寝をしてしまっていた私は、その騒音で目を覚ました。

まだ瞼に残るそれをゴシゴシと裾で拭って、座ったまま寝ていたせいで固まった身体を両手をめいっぱい伸ばして解した。

外で何かあったのかな。

ベッドに腰掛けたまま、俯いて外の会話に耳を済ませていると、ガチャリ、といきなり扉の鍵が開いた音がして。
キィ、と控えめな音を立てて開かれた扉の先には、



「………っ!」



こちらを見て目を見開いている、クラウドがいた。



「クラウド?!なんでここに…?!」



クラウドはそのまま一直線に私の前まで走ってきて、がばっ、と両手で私の肩を掴んだ。

クラウドの急な行動に、驚いて上にある彼の顔を見る。

すると、眉間に皺を寄せて酷く焦ったように、それでいてどこか不安そうに揺れている翡翠と目が合った。



「大丈夫か?」

「う、うん…全然平気……」

「タークスに何もされてないか?」

「…タークス、、?」

「黒いスーツの奴らに会っただろ」

「あ……うん。でも目が覚めてから、ずっとここに閉じ込められてる」



私がそう答えると、クラウドは何かを考え込むように眉間に皺を寄せたまま口を閉じてしまった。

どうしたんだろう。クラウドの目には先程の不安の色はもう無かったけれど、何かを真剣に悩んでいるようだった。

そんなクラウドを、どこか上の空で、真剣に悩んでいる顔もかっこいいなぁ、なんて思って見ている自分がいた。
…本人に言ったら、興味無いとかどうでもいいとか、言うんだろうな。


そのまましばらくじっとクラウドが何か話すのを待っていたけれど、
ぎゅ、っと握られたままの両肩がジリジリと痛み始めたので、戸惑いがちに「クラウド…?」と名前を呼んでみる。

すると、ばちっ、と目が合って。

翡翠の目は驚いたように目を見開いて私の肩に置いていた手を思いっきり離した。…ついでに顔も勢いよく逸らされた。



「えっと…どうかした…?」

「…別に。なんでもない」

「…そっか、」



クラウドはそのまま私に背を向けて壁の方に歩いていった。
なんとなく、自分に都合のいいように、もしかしたらクラウドは心配してくれたのかもしれない、なんて考えていたけれど、そんなことあるはずもなく。

いつもの無愛想なクラウドに戻った彼になんて声をかけていいのか分からず、目の前にある背中をぼーっと見つめていた時に、ふと肩や腕などに傷跡があるのが目に入った。



「あっ……クラウド、怪我…してる」

「別に、これくらい大したことない」

「……でも、放っておいたらどんどん治りにくくなっちゃうよ?」

「…あんたには関係ないだろ」



ぴしゃり、とそう言われてしまって。とうとう私は何を話せばいいのか分からず、今度は私が口を閉ざす番だった。


思えば、クラウドとこうして2人きりになるのは初めて会った時以来な気がする。
いつもエアリスやティファがいてくれたから、2人の間を挟んで会話をしていただけで、クラウドとちゃんと話す事はあんまり無かった。


咄嗟に「ごめん、」と零れた私の言葉は、ただただ静寂の中に消えていった。











しばらくして、私は無言の静寂に耐えきれず
このままではまた1人で悪い方に考え込んでしまう、と思い、
いつも肌身離さず持っている薬品の調合メモに目を通していた。

もしかしたら、まだお店は残っているかもしれない。と、少しの希望を持って。

1人で薬屋を営むようになってから3年くらい経ったけど、このメモ無しではまだまだ作業出来ない。
必要な材料は覚えてきても、分量までは把握しきれていなかった。

…どちらも眼の力を使えばわかる事だけど、おばあちゃんがそうしてきたように、頭の中できちんと把握しておきたかった。


そうして、分厚いメモの半分くらいに目を通していた時だった。
前の方から、すこし控えめの声で「おい、」と呼ばれた。



「…ん?呼んだ?」



パッ、と顔を上げたら、
そこには壁に寄りかかり腕を組んでこちらを見るクラウドの姿があった。



「…眠らないのか」



どこか気まずそうに、クラウドは目線を落としたままそうつぶやいた。



「うん。…クラウドがここに来る前に、私結構眠ってたみたいで。全然眠くないよ」

「……」

「……あ、ごめん!クラウド疲れてるよね…!どうぞ、ベッド使って!!」



あああ、なんて気の利かない女なんだ私は…!
思えばクラウドがずっとここまで戦ってきた事なんて容易に想像が着くのに。
寝ていただけの私がずっとベッドに腰掛けて占領していたなんて、あまりにも無神経すぎた…!

そう思って立ち上がろうとした時。クラウドの言葉に動きが止まった。



「そうじゃない」

「え…?いや、でも……私はもう寝なくて平気だし、それにその……戦ったりとか、出来ないから」

「……から…だろ」

「…っえ、?」



クラウドの言葉が聞き取れず、私は首を傾けて聞き返す。
すると、クラウドは何かを言い倦ねるように、口をパクパクさせていた。
今まで見た事のない様子の彼を不思議に思い、じっ、とそのまま見ていたら、意をけしたように短く溜息をついてクラウドが口を開いた。



「…だから、だろ。いつでも逃げれるように、休めるうちに休んでおけ」

「逃げる、、?…ここから…?」

「ああ。あんたは俺が巻き込んだんだ。…俺がここから助け出す」



クラウドはぶっきらぼうにそう答えると、今度は体ごとそっぽを向いてしまった。

まさか、とは思ったけど。
私と彼の間にそんな義理も何も無いから、きっとここにクラウドが来たのはたまたまなんじゃないかって、ずっと思ってきた。
でも……



「…クラウド……もしかして、…助けに来てくれたの…?」

「…………………だったらなんだ」



長い沈黙の後に聞こえた、すこし拗ねたような、不貞腐れたようなクラウドの答えに、じわじわと目元に熱が集まるのを感じた。

…もう二度と、ここから出れないかと思って。1人で閉じ込められて心が折れそうになっていた。
気付かないふりをしていたけど、本当はクラウドが部屋に来た時からずっと、嬉しさや安心感に泣きそうになっていた。

震えそうになる声を、ぎゅっと手を握りしめて堪える。



「…わざわざ、ごめんね。…私、これからずっとここに1人でいるのかなって思って、ちょっと怖かったんだ。
…だから、すごい嬉しい。ありがとう、クラウド」

「………別に、俺だけじゃない。ティファだって、あんたがいなくなったって気づいてからずっと探してたさ。
でもエアリスが俺たちのせいで神羅に捕まったから、あんたももしかしたらって思って…」

「……エアリスが…?!」

「ああ。…結局、エアリスを助けてもあんたを見つけられないまま、罠に嵌められて捕まったんだが………」

「……?」

「……無事でよかった」



それまでずっと合わなかった目線が、ちらり、と一瞬だけ合ったような気がした。


私がこの前コルネオの所に潜入したティファが心配で追いかけてきたように、きっとティファも、私がいなくなってものすごく心配させちゃったんだろう。

不器用だけど優しいクラウドの事だから、そんなティファの事を放っておけなくて、私の事も助けに来てくれたんじゃないかな
…そう思うと、自然と頬が緩んだ。




それから、今まで何があったかを話せる範囲でクラウドに話してもらって。

エアリスの家でマリンが保護されている事、この神羅ビルに突入してきた時の事、エアリスが実験サンプルにされていた事……など。


クラウドは淡々と語っていたけれど、聴き心地の良い落ち着いた低い声のおかげか、いつの間にか緊張感が無くなっていて気づけば私は眠りに落ちていた。






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