12
積み木崩し
永遠と続くかと錯覚するような、長い長い階段を登り終えて神羅ビルの中へと侵入する。
登れど登れど続く階段に、最初の方こそ威勢よく神羅の愚痴を垂れながら登っていたバレットも、半分を超えたあたりからバテ始め、ティファも苦しそうに顔を歪めながら意地を張って登っていた。
さすがの俺でも疲労を感じるくらいだ、普通の身体の2人にとっては地獄でしかなかっただろう。
軽く休憩して息を整えて、音を立てぬように慎重にビル内へと入れば、エレベーター前に3人の警備兵。
幸いにもその3人以外にはこのフロア内に敵はいない様だったので手早く片付ける。
最後の一人を峰打ちする前にエルの事を知っているか聞いてみたが、帰ってきた答えはNOだった。
「エル…どこいっちゃったんだろう…」
「…まだわからない。とりあえず先に進もう」
エレベーターに乗り込み上のボタンを押す。
どうやらこのエレベーターでは60階までしか行けないらしい。乗り込んでから思いのほかすぐに空いた扉から、息を潜めてフロアへと出る。
こちらの侵入が感知されているのか、警備兵の数はさっきと比べてだいぶ多くなっていた。見つからないように移動していたが…
「おい、貴様!そこで何をしている!」
「…チッ」
バレットが警備兵に見つかってしまい、やむを得ず戦闘に入る。
ただの警備兵相手に手こずることもなく、手早く倒して先へと急いだ。
先程と同様に今度はティファがエルについて警備兵に問いただすが、またしても情報は得られなかった。
…ティファの目が不安で揺れていた。
そのまま建物の隙間を見つからないように慎重に移動して、階段フロアから61階に出た。
61階には警備兵の姿はなく、社員らしい人達が各々寛いでいた。
そこで怪しまれぬように情報収集をしていたところ、エレベーターの隣にいた女が「この先はカードキーが必要」だと教えてくれた。
なんでもここから上は神羅の中でも重役しか出入りが出来ないらしい。
…間違いない、エアリスはこの上にいるだろう。
カードキーを入手するためにフロアにいた社員に聞き込みをしていたところ、上の階の扉が開きっぱなしだから直してくれ、と運良く62階までのカードキーを入手することが出来た。
気前の良さそうな男だったので、ついでにエルについて聞いてみる事にした。
「人を探しているんだ。腰のベルトにポーションをぶら下げた、グレーのローブを被った女について何か知らないか?」
「…ああ!聞いたことあるぞ!たしか、そいつに助けてもらったって俺の弟が言ってたな」
「…何…?!詳しく聞かせてくれ!」
「この前の7番街プレートが落ちた事件あっただろ?
あの時丁度俺の弟が支柱に駆り出されててよ、逃げようにも怪我してたもんだからもうダメだって思った時、その姉ちゃんに助けてもらったって言ってたんだ。しかし……」
「…なんだ!」
「そいつ、捕縛命令が出てたらしくてよ。助けてもらったってのに悪い事したって暗い顔してたな…」
「捕縛命令だと…?!」
「ああ、その姉ちゃん、アバランチの一員だったんだと。弟の報告でタークスが捕まえたって聞いたな」
エルが…アバランチとしてタークスに捕まった……?!
男の話に思わず耳を疑った。
頭の中にあった最悪の結末ではなかったにしろ、エルが捕まったのは俺が負傷者の手当を頼んだからだ。
…ましてや、助けた神羅兵に密告されて捕まったなんて……もしかしたらあのままエルを探していたら、助けられたかもしれない。
俺は自分の不甲斐なさにぎゅっと強く拳を握りしめる。
スラムで普通に暮らしていたはずの彼女を巻き込んでしまったことへの罪悪感で胸が押し潰されそうだった。
ヘリの前で、タークスに叩かれるエアリスが頭を過る。
捕縛命令だと言っていたが、裏で散々汚い仕事をしてきたタークスがただ捕まえるだけなんて思えない。
エアリスも、無事でいる保証はないのだ。俺はカードキーを握りしめ、上へと続く階段を駆け上がった。
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どれくらい時間が経ったのだろう。
時計も窓も何も無い牢屋では外の状況を把握するのは無理に等しいものだった。
支柱で捕まってしまってから、視界混交を使った負荷が思いのほか身体に来ていたようで、牢屋で目を覚ますまでかなり眠っていたような気がする。
ルードが部屋を出ていってからも、おそらくかなり時間はたっているはずだ。
牢屋の鍵はもちろん内側から開けることは出来ず、外側からしか開けることが出来ない。
"眼"を使ったところで、外がどうなっているのかは把握出来るだろうがここから出れる訳では無いので意味が無い。
何より、…自分のためだけに、能力を使うのは気が引けた。
大人しくしていろ、とも言われたし、無理やり出ようとは不思議と微塵も思わなかった。
しかし、音も何もない部屋に閉じ込められ続け、私は段々と確実に気力を奪われていった。
1人になると嫌でも自分の事を考えてしまう。
いくら考えても…答えは見つからないし、何も思い出せない。私の脳裏を過ぎる言葉は、自己卑下の繰り返しでしかなかった。
備え付けの硬いベッドの上で、私は膝を抱えてぎゅっと手を握りしめて俯いた。
…そもそも、私はここから出れるのだろうか。
私はアバランチではないけれど…アバランチとして捕まえておいて、みすみす逃がすとも思えない。
私の知っている神羅はそんな事しない。
…もしかしたらずっと、ここに閉じ込められ続けるのかもしれない。
そんな悪い予感が一度頭に浮かんでしまえば、今まで我慢して抑えていた不安が一気に押し寄せてきてじわじわと視界が滲んでいった。
一体、私には何の価値があるっていうんだ。
自分の事も知らない、眼の事だって全然わからない。
だから戦えもしなくて、自分の身も守れない、大事な友達すら1人じゃ助けられなくて。
その大事な友達は、たった1人でも私の事をいつも助けてくれたって言うのに。
私には何も出来ない。…誰かを助けることも、誰かを守ることも…ここから出る事も。
堪えようと思っても、止めどなく流れてくるそれに私は抗うことを諦めて、声を殺して泣き続けた。
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無事にエアリスを助け出し、宝条が仕掛けたサンプルとやらを片付けて一時退避する。
エアリスは巨大なガラス張りの装置の中に閉じ込められて、まさに生物実験のサンプルにされるところだったのだ。
人を人とも思わない宝条の狂った思考には反吐が出た。
研究室を一通り見回したがエルの姿はそこには見つからなかった。
居場所が分からない状態で大人数でぞろぞろと探す訳にもいかず、とりあえずエアリスを安全なところまで連れていく、という話に落ち着いた。
先程登ってきたあの地獄のような階段に出ることが出来れば、神羅兵もあの階段では追うに追えないだろう。
66階のエレベーター前で合流することにして、バレット達と別れた。
「…エル、どうかしたの?」
「……支柱が崩落する時に捕まったんだ、タークスに」
「え、…嘘…?!」
「エアリスは、エルについて何か知らないか…?」
「…ううん、ごめん、知らないの。…でも、宝条は何も言ってなかった」
頼みの綱だったエアリスも何も知らない、と答えた。
完全に行き詰まってしまい、眉間に皺が寄る。
そんな俺を、エアリスはじっとこちらを見つめて呟いた。
「なんとなくね……クラウドなら、助けに来てくれるんじゃないかな、って思ったの」
「……ああ」
「でも……エルはきっと、そうじゃない。…1人で、じっと我慢してると思う。だから早くエルの事も、助けに行かなきゃ」
「ああ、そうだな」
深刻そうな表情のエアリスに力強く頷いて、待ち合わせの66階フロアへと続く扉を開けた。
ティファ、バレット、それから…エアリスと同様に生物実験のサンプルにされていたレッドXIIIと合流してエレベーターに乗り込む。
エレベーターはガラス張りになっていて、キラキラと魔晄エネルギーによって光を灯しているミッドガルが一望できた。
ティファやエアリスが興味津々で眺めているのに釣られて俺も外の夜景に目を向けた時、聞き覚えのない低い声が聞こえた。
「上を押してもらおうか?」
「……タークス…?!罠か…!」
「スリリングな気分を味わえたと思うが…楽しんでもらえたかな?」
エレベーターに押し入って来たのは、黒いスーツを着たタークスだった。
スキンヘッドにサングラスをかけた男と、エアリスを拐った黒髪の男。
そして…
「エルはどこだ!」
「さあな」
「誤魔化しても無駄よ!あなた達がエルを捕まえたんでしょ?!」
「……」
「答えなさいよ!」
「…静かにしてもらえるかね。君たちにはこれから社長に会ってもらうのだから」
ティファの剣幕にももろともせず、涼しい顔でそんな事を言うタークスの男にふつふつと怒りが湧く。
しかし狭いエレベーターの中じゃ抵抗することも出来ず、俺たちはされるがままに社長とやらの前に連行された。
神羅ビルの最上階にある社長室で、まるで演説でもするかのように"エアリスは古代種の生き残りで神羅に約束の地をもたらし、そこにネオミッドガルを建設する"……と語った。
物事の価値を金でしか見ていない男の話に、心の中でくだらない、と吐き捨てた。
社長の「会見」が終わり、手を縛られたままスキンヘッドのタークスによってエアリスが捕まっていた67階へと連れて来られる。
だが、タークスが俺たちを捕まえに来たのは好都合だった。
何としてでもエルの居場所について聞き出してやる………そう思って何か策は無いかと思考を巡らせている時だった。
「…あいつなら無事だ」
「…何?」
「言葉通りだ」
「どんな汚い仕事でもやるタークスが、ただ捕まえるだけなんて思えないな」
「…なら、その目で確かめろ」
男は扉がいくつもある廊下で立ち止まり、ひとつの扉の鍵を開けた。
そして俺の手錠も外されて、中に入れと顎で示唆する。どうやらここは牢屋のようだった。
俺が扉に手をかけたのを確認して、男は俺に背を向ける。
「…そしてもう二度と、そいつと関わるな」
「……っ!」
扉の先にある光景を目にした途端、ほんの一瞬感じた殺気に思わず息が詰まりそうになった。
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