11

或いは夢より優れた現実





「マリン!マリン!!マリーン!!!」



バレットの悲痛な叫びが、瓦礫の山と化した7番街スラムに虚しく響く



「ビッグス!ウェッジ!ジェシー!…こんちょくしょう!こんちくしょう!!」

「おい、バレット!」

「バレット、もうやめて…お願い、バレット」




いくら名前を叫ぼうともなにも返って来やしない瓦礫の山に向かって、抑えきれない悔しさをぶつけるようにバレットは右腕の銃を乱射する。
その痛々しい姿に、俺もティファも、思わずバレットのそばに駆け寄って声をかけた。



「クッ、ちくしょう……」

「………エル……」

「……」



バレットの激情する姿に、ティファもぽつり、と彼女の名前をこぼす。
崩落の衝撃から脱出してくればまたエルに会えると思ていた俺も、どこにもいないあいつの姿にどんどん不安が募っていった。



「…あいつが、どうしたってんだよ」

「エル、支柱の周りで負傷した人の手当てをしてくれてたの。でも、そこから上手く逃げれたかどうか、わからなくて…」

「けっ、そうかよ」

「……………、ねえ、あれ…!」



不意にティファが声を上げて、バレットと一緒にティファが指さす方を見た。
するとそこには瓦礫に突き刺さった鉄骨にひっかかっている、エルのローブがあった。
彼女が片時も忘れずに深くかぶっていた、あのフードがあるローブ。




「エルが、自分からあれを脱ぐなんて思えない」

「自分じゃなかったら、一体誰が…?」

「……いや、わからない。…もしかしたら、エアリスが何か知っているかもしれない」

「エアリス……」



そして、しばらくそこには沈黙が流れる。
するとおもむろにバレットが立ち上がり、公園の方へと歩いていった。
いつもの威勢の良さの欠けらも無いその背中に、かける言葉が見つからなかった。


「マリン……」

「……ねえ、バレット。マリンは、マリンは大丈夫だと思うの」

「え…?」

「エアリスが言ってたわ。『あの子、大丈夫だから』って、マリンの事よ、きっと」

「ほ、本当か!」



エアリス……そうか!
足りなかったパズルのピースがカチッとはまるような、そんな感覚だった。
俺はそれを確かめるために、前へと一歩踏み出した。






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長い長い、夢を見ていた気がする。
少し前の…ありふれた日常の、夢。


小さいけど、温かい光が照らす家。年季の入った扉は立て付けが悪くて、開けるのに苦労したっけ。
柱や壁は所々傷があって、とても綺麗な家ではなかったけれど、これが私の暮らした…おばあちゃんの家。


家の前には、落ち着いたブラウンの塗装がされた木製のローテーブルに、綺麗に整理されて置かれているポーションなどの薬品たち。


その隣に置かれている小さな椅子に、ブランケットを膝にかけて座るのがおばあちゃんの定位置だった。

いつもそこで、通りかかるお客さんと他愛のない会話をして薬を売っては、また世間話をして……そうやって暮らしていた。


記憶がなくて、人と接するのが怖かった私はおばあちゃんみたいに外でお客さんと話したりが出来なくて。
家の中でずっとポーションやらエーテルやらを作ってたんだ。

覚えることは多かったけど、太陽のように優しくて明るい笑顔で褒めてくれるおばあちゃんが大好きで、大好きで。
頑張って沢山練習したっけなぁ…。


自分がどんな人間なのか分からないことが、どれだけ生きるのにつらくて苦しいことかすら、その頃はまだ分かってなかった。


老衰でおばあちゃんが亡くなって1人になった時、唐突に私の中の「自分」を構成するものが大きく崩れ去った。

私はなんで生まれて、どうして、何のために生きてるのか。そんな事も分からない自分に一体なんの価値があるのか。

ぐるぐると出口の見えない迷路にさ迷ったかのように、何も見えず、何もわからなくなった。
……今もそれは変わらないけど。




そんな私を救ってくれたのはティファだった。
ティファが、何も聞かずに、私にいつも声をかけてくれて仲良くしてくれたから。
なんとなく、楽しいなって思えるようになって。

それから、アバランチのみんなと話すようにもなって、ずっと家に1人だった私の周りに人がいるようになって。
平凡でも、幸せな生活だった。





ティファ………バレット………それに、クラウドも…。
みんな、無事なのかな……




「………ん、…」



私はそこで、目が覚めた。
白くて硬いベッドの上。ぼやける視界の先にあるのは、無機質な白い天井。


あれ、……私、どうしたんだっけ……?


ひとまず起き上がってみたけれど、体は気だるくて、ずっしりと重たかった。

ぐるりと部屋を見渡して、扉を見つける。そこに向かって歩こうと立ち上がった瞬間、


「わっ、?!」


足が痺れてそのまま床に倒れ込んでしまった。
どこかで感じたような、この痺れは



「………っ、」



そこで、意識が途切れる前の事を思い出した。
そうだ、私……あの人に……



「…目が覚めたか」

「?!」



急に上から降って来る声にびっくりしてがばっと見上げれば、そこにはいつの間にか部屋に入ってきていた、黒いサングラスをかけたスキンヘッドの男の人がいた。



「…あなた、は…?」

「………神羅カンパニー、総務部調査課……だ」

「…ということは、ここは…」

「…本社ビル、67階の牢屋だ」



あろうことか、私は神羅に捕まってしまいしかも本社ビルの牢屋送りになっていた。
でも、一体なんで私が……



「安心しろ、危害を加えるつもりはない。…ただ、あのまま上に行かれたら面倒だっただけだ」

「……え…?どういうこと…?」

「…お前のその"眼"なら、プレート解放システムの発動装置を止めることが出来たからな」

「っ、?!?」



彼の口から発せられた衝撃的な言葉に思わず言葉を失った。
頭に浮かぶ様々な疑問や不安で胸がいっぱいになり、俯いたままぎゅっ、と拳を握りしめる。



「な、んで…どういう…こと…?それじゃあ、もう7番街は……!!」

「……………俺達の仕事だ」



ガン!と鈍器で頭を殴られたような衝撃だった。
嘘だ……そんな……7番街スラムは私の…!!!

視界がじんわりと滲んで、前がよく見えなくなる。それを必死に歯を食いしばって我慢した。
…何も出来なかった私が、泣いていいわけがない。


動揺して上手く息の出来ない私に、男の人はこちらに近づいてきてしゃがみこんでぽん、と肩に手を置いた。
俯いていて顔は見えなかったけれど、見た目にそぐわぬその優しい仕草に、段々と冷静さを取り戻していった。



「………あなたは、どうして…私の眼の事を知っているの…?」

「……さあな。…だが、お前がその能力を使って追っ手を振り切ったのは見ていた」

「……あ…そっか……」



もしかしたら、私が知らないこの眼の事をこの人なら知ってるんじゃないかと思ったけど…教えてくれそうな気配はなかった。



「…アバランチは…どうなったの…?」

「捜索中だ」

「…倒したわけじゃ、ないんだね…」

「残念だがな」



口ではそう言うけれど、そこには冷たく刺すような殺意は感じられなかったことに、ほっと一息安堵した。



「私は、まだ、ここから出れない?」

「…ああ、そうだな。お前が科学部門の奴に見つかると面倒なんだ。
…しばらくこのまま、ここで大人しくしていてくれ」

「…??…そっか、……」



科学部門に見つかると面倒…?どういう事だろう。
たぶん、この眼の事かな…だとしたら、この人は知っているのにどうして…?
一気に分からない事だらけになって思考がショートしそうだった。



「………悪く思わないでくれ。これも……お前を守るため、だ」

「…え…?」

「お前を捕らえてここに閉じ込めてるのは、相棒の我儘でな。
……お前はあくまでも、アバランチとしてここに捕らえられている事になってる」

「…もう、何が何だかさっぱり…」



彼の言っていることが全然わからなくて、説明をしてもらおうと彼の方を見て催促するけれど、彼はカチリとサングラスを上にあげるだけで口を開いてはくれなかった。これ以上は言えない、か……。

しばらくすると男の人は立ち上がって、扉の方まで歩いていった。
扉の前に立つと、顔は前に向けたまま先程よりも張り詰めた声で言った。



「俺はしばらく前で見張りをしている。……用などないと思うが、何かあれば言ってくれ」

「うん、わかった。……あなた、名前は?」

「…ルード、だ。……ああ、あとこれ。相棒からのお詫びだ」



男の人…ルードはそういって、私に何かを投げ渡して来た。
それは…あの時風で飛ばされてしまったハーフローブだった。でも、どう見ても私が使っていたものよりも真新しいので、きっと同じものを用意してくれたのだろう。

…ルードの言う相棒が誰なのかは、いまいち分からないけれど。
私が受け取ったハーフローブを身につけたのを確認すると、ルードは部屋から出ていった。



急に静かになった部屋で、私は膝を抱えて蹲る。



思い出すのは、ここに来る前最後に見た、あの人の顔。
名前も何も知らないけど、見間違えるはずも、忘れるはずもなかった。



…記憶をなくした私をおばあちゃんに預けてくれたのは、紛れもなくあの赤い髪の人なのだから。





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