08

それはまた素敵な理屈





コルネオに無理やり連れていかれる、切羽詰まった表情のエルと目があった。
謙虚な彼女の事だ、自分がコルネオに選ばれるなど思っていなかったんだろう。
肝の座っているティファやエアリスとは違い、明らかに動揺して焦っていたエルがどうしようもなく気になった。

初めて見る怯えたような彼女の顔が脳裏に焼き付いて、咄嗟に「すぐ助ける」と声には出さず言葉を紡ぐ。




洋服屋でドレスアップしたエルを初めて見た時、普段の色の無い彼女からは想像もつかない煌びやかな姿に、気づけば目を奪われていた。

きょろきょろと自分の姿を確認する度に、腰元まであるベールがふわっ、と中を舞い、隙間から見えた項にどくりと心臓が脈打った。

目を離せば夜闇に紛れて消えてしまいそうだったエルに、今は釘付けになる。

エアリスに褒められて嬉しそうに笑うエルを、柄にも無く可愛い、と思った。それに自分でも驚いてぶわりと恥しさが襲ってくる。

エアリスに話を振られたが、上手く言葉を発することが出来ず、口ごもって目線を逸らしてしまった。


店を出る瞬間すれ違ったエルをちらりと見れば、先程の柔らかい笑顔はどこにも無くて、いつもの儚い彼女の姿がそこにあった。





エルの印象は謙虚で、感情が分かりにくい奴だった。
顔を隠しているからではない。上手く表現出来ないが、強いて言うなら感情が表に出てこないのだ。

仏頂面と言われる俺が言えた事ではないが、笑ったり、泣いたり、怒ったり。大きく感情を表すことがない。

口数が少ない訳じゃないし表情も変わるが、そこにはなんとなく薄っぺらさを感じる。




だからだろうか。

エアリスに褒められて嬉しそうに笑った顔も、コルネオに連れられて行く時の怯えた顔も、頭から離れなかった。







コルネオの側近に連れられて通された部屋で、うっとおしく付きまとってくる手下どもを武装に着替えて素早く片付ける。

廊下を突っ走り、もうひとつの部屋で囚われていたエアリスとティファを助け出し、エルのいるコルネオの部屋へと急いだ。


頼む、無事でいてくれ、と。
そう願いながらド派手な執務室へ入った途端、奥の部屋から聞こえてきたコルネオの声に、エアリスとティファの呼び止める声も無視して扉を蹴飛ばした。



「ほひー!!何する!貴様!!」

「エル!!!!」

「っ、クラウド…!」



そこには、ベッドの上でへたり込んで座るエルと、ベッドの下に転がり落ちているコルネオの姿があった。



「大丈夫か!」

「…うん、なんとか…おかげさまで…」



そういって、おずおずとエルは何かを見せてくる。
そこには俺が渡した小型ナイフが握られており、それを持つエルの手はガタガタと震えていた。

よく見れば、彼女の着ているドレスにもベッドにも、小さな声血痕が飛び散っていた。

…複雑な気分だった。ひと目でそれがエルのものでは無いとわかったが、身を守るために渡したナイフを使わせてしまった事に罪悪感感じる。

震える彼女に申し訳なさでいっぱいになり、バスターソードの柄を持つ手にぐっと力が入る。



「…遅くなって悪かった」

「ううん、平気。来てくれてありがとう」



そんな顔しないで、と言うようにエルは精一杯の笑顔で笑いかけてきた。

こんな状況でも気を使う健気な彼女に、無意識のうちに眉間に皺が寄っていた事に気づいて、俺も困ったように笑い返すしかなかった。




…あんたはどうして、そんなに。


エルのそれが、ただ「謙虚」と片付けるには不自然な事に、気づき始めたのはこの頃からだった。







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猛烈な悪臭を感じて、沈んでいた意識がゆっくりと戻ってくる。
目を開ければそこは薄暗くて、起き上がろうとして手をつけばぴしゃり、と冷たい水の感覚。

ここ、どこだっけ。
見覚えのない場所にきょろきょろと見回すと、心配そうにこちらを見るエアリスと目が合った。



「エル、大丈夫?頭、打っちゃったみたいで気失ってたの」

「あ、…そうだったんだ。なんかごめんね。もう全然平気!」

「ううん、無事ならよかった」



ああ…そういえば、コルネオの部屋から落ちてきたんだっけ。
私たちは地下下水路のような所に放り出されていた。



「もう、サイテーね、これ!」

「ま、最悪の事態からは逃れられた」

「…いや、…そんな事ない、かも」



グォ〜ンと地響きのような鳴き声が木霊する。
その瞬間、水路の格子を突き破って巨大なモンスターが襲いかかってきた。

" アプス 重無効で炎が弱点 "

少し意識すれば、ホログラムの様に浮き出る敵についての情報。
もう当たり前になったその光景は、普通のモンスターとは明らかに違う強さを物語っていた。

…なるほど、コルネオの狙いはこれか。
どこまでも悪趣味な奴だな、本当に。



「…私、下がってるね」

「ああ。…気をつけろよ」



こんなの、戦いようがない。
私がもし1人で落ちていたらほぼ確実に殺されていただろう。
心強い人達が助けに来てくれた事に再び安堵する。

私がみんなより少し離れたのを確認したクラウドが、勢いよくアプスへと切りかかる。
それに続けてティファがパンチを打ち込んで、エアリスが魔法でサポートする。

……そういえば、なんだかんだクラウドが戦うところ見るの、初めてかもしれない。

そう思って、戦うクラウドの姿をなんとなく目で追いかける。


元ソルジャー。
今はもう辞めてしまったみたいだけど、いつも背中に担いでいた大きな剣を持つ腕は、がっしりとした筋肉がついていて。
綺麗な翡翠の目で鋭くアプスを睨みつけるその真剣な表情に、やっぱり格好いいな、と心の中で呟いた。





3人とも、すごく強くて。
あんなに威勢のよかったアプスも立っているのが限界なのか、徐々に攻撃の手が緩んでいた。
クラウドが「これで終わりだ、」とでもいうように大きく剣を振りかざした時、アプスが一際大きな声で鳴いた。

"下水津波"

浮き出るホログラムのその文字に、ハッとして叫ぶ



「みんな!危ない!!」



突如大きな津波が現れて、アプス自身も巻き込み勢いよく流れてくる。
まずい、これは私も巻き込まれるかもしれない!そう思ってぎゅっ、と目をつぶって衝撃に備えると、誰かの腕に強く肩を抱き寄せられる。

不思議に思い目を開ければ、そこには大きな剣で水の流れをしのいで、私が流されないように支えてくれているクラウドの姿。

危ないと言っておきながら助けられてしまった事に罪悪感を感じて、謝ろうと思って顔をあげる。

そこには先程まで目で追っていた綺麗な顔が思ったより近くにあって、どきりと心臓が脈打った。
顔に熱が集まるの感じて私は慌ててフードを深く被る。



「ご、ごめん」



そんな私の様子には気づいてないようで、クラウドが私の肩から腕を離してアプスの方へと向き直る。
ほっとしてクラウドの視線の先を辿れば、先程の自爆攻撃の津波が決め手になったのか、アプスの巨体がぐったりと倒れていた。



「…あんたはすぐ転びそうだからな」



クラウドは大きな剣を背中に仕舞いながら、顔だけ私の方を向き、意地悪そうにふっ、と笑った。

出会いが出会いだったから仕方ないけど、「よく転ぶ人」と認識されているのが面白くなって、「なら、転ばないようにボディーガード、お願いしようかな」なんて、私もいたずらっぽく笑ってみせた。

クラウドは勘弁してくれ、と肩を竦めていたけれど、その表情は決して嫌な顔ではなく、眉を下げて困ったように笑っていた。





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