私がそう言うと、ロイさんは一瞬目を見開いたあと目を伏せてそのまま数秒黙り込んだ。その仕草は少し儚げで悲しそうなもので。何か思い当たる節でもあったのかな、と、そう思っているとしばしの沈黙の後にロイさんは「いきなりどうしたんだね、」と訪ねてきた。私が予想していた返答とは大きく違ったその質問に、私は用意されたコーヒーを一口飲むフリをしてなんて答えようか考えた。

私はてっきり否定されると思っていた。ロイさんは父さんやアイツと同じで、イシュヴァール殲滅戦に人間兵器として戦に駆り出された術師。昔から私に国家錬金術師についての話題を話してこなかったのも、きっと私から人間兵器として戦に出る可能性を遠ざけたかったんだろうと思っていたからだ。

しかしロイさんは「いきなりどうした、」と訪ねてきた。

まあ、それもそうだろう。私が錬金術を使えるようになってもう幾数年の時が経っている。それは確かに周りの一般錬金術師に比べたらまだまだ浅い経験値だろう。しかし私の両親は国家資格を取れるほどの実力を持った術師で、私はその実力者たちの子供なのだ。今まで自分がそんなエリートだとは塵も思わなかったから、一部の錬金術師に小言を言われる理由が思い当たらなかったけれどそれがそうである。


「思い立ったらすぐ行動ですよ、ロイさん」
「…君はいままで錬金術が使えるただの田舎娘だったはずだが?何があったのかね?」
「えー、あー、それは実技試験に受かって国家錬金術師になれたら教えます」
「……それじゃあ答えになってないだろう」
「まぁまぁ、気にしなーい気にしなーい!」
「はぁ」


ロイさんは深くため息をつくと、椅子の背もたれに寄りかかって腕組みをしてしかめっつらでこちらを見る。ロイさんは眉間にしわを寄せたまま口を開いた。


「君の母親が」
「、え、?」
「イシュヴァールの戦の時、私に頼み事をしてきたんだ。……君が国家錬金術師にならないよう、私に見守っておいて欲しいと」
「……アイツが?」
「あぁそうだ。君の母親がだ」


唐突に切り出された話は私の予期せぬ話だった。しかも、私の大嫌いな母親の話だった。


「……へぇ、で、なんでアイツにメロメロだった無能大佐は私を引き止めなかったんですか?」
「(母親の話になるとすぐこれだな…)……それはシエルもわかってるだろう、」


メロメロだったは否定しないのかよ。


「まぁ、心当たりならありますけど」
「だから私は引き止めないぞ。私にはシエルを引き止める理由がないからな」
「……それってどういう?」
「そうだな、君が国家資格を取ったら教えてやろう」
「(仕返しかよ…!)」



ロイさんは満足げに微笑むと時計に目をやり「そろそろ時間だ」と言ってデスクから立上がって私のもとへと歩いてきた。時間、というのはおそらく汽車の発車時間の事だろう。私はこれからまた東部の家に戻らなければならない。3日後の実技試験までにやらなけらばならないことがあるからだ。


「駅まで送ろうかね?」
「仕事してください」
「…中尉に似てきたな」
「褒め言葉です。ありがとうございます」
「全く君は………」


執務室のドアを出て、廊下を進む。ロイさんは司令部の入口まで送ると譲らなかったので仕方なく一緒に出口へ向かう。この人は心労という言葉を知らないのだろうか。リザさんが本当にかわいそうだ。


「実技試験は私も立ち会うつもりだ」
「えぇー、そうなんですか?まぁ、楽しみにしててください」
「くれぐれも危険な真似はするなよ。君は私の部下になる人間だからな」
「そんなこと言ってられるのも今のうちですよ?すぐにロイさんよりも有名になりますから!」
「はは、それは頼もしいな。ぜひ嫁に来たま「遠慮しときます」


いつもどおり軽い冗談をかわして司令部の入口へとたどり着く。外はうっすらと夕焼けに染まっていた。これは家に着くころにはもう空は星空だろうなぁ


「…………気をつけて帰りたまえ」
「はい!」



ロイさんはそう言って私を笑顔で見送ってくれた。



もうすこし、もうすこしてあなたに恩返しができる。
だから待っててね、ロイさん。つぎはあたしがロイさんを助ける番だ。





































そして、一週間後の6月15日。


梅雨明けをいち早く感じ取った一つの蕾がその日、薄い青紫の花を咲かせたと同時に、アメストリスに新たな国家錬金術師が誕生した。


二つ名は「葵」


史上最年少記録を持つエドワード・エルリックに次ぐ18歳という年齢でシエル・カートンは国家資格を取得し、瞬く間に国内にその名を知らしめた。






葵の花が咲いた

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