私は深夜に訪れた突然の客に、温かな紅茶を振る舞い、
にこやかにそれを啜る彼を神妙な面持ちで見つめた。

早く問いただしたくて仕方なかった。

…なぜ彼が、「終焉の呪文」について知っているのか…。

ゼロスは飲みほしたカップを机に静かにおくと、
今までの呑気な笑顔とは違う、どこか厳しい頬笑みで以て、言った。

「お話ししていただきましょうか。カナさんの知っていることを全て。」
「待って。その前に――――。
貴方は何故、その呪文のことを知っているの?あれは、私たち家系が代々…秘密を守り続けてきた筈です。」

部屋の空気は張り詰めていた。

私の第六感が、”この男は味方ではない”と告げている。

「…この世の全てを、打ち崩す呪文。それは立った一度だけ使える、術。」
「……!!」
「そんな大それたもの…隠そうなんて方が無理なんですよ。まあ、場所を突き止めるのに少々時間がかかってしまいましたけどね。」
「……っ…」

まるでなくしていたおもちゃを見つけた、とでも言うように、
いたって軽い口調でゼロスは言った。

「そんな呪文はもう無い…だなんて、くだらない嘘つかないでください、ね?」

―――…この男…一体何者なの…?
…でも…もうバレている以上、隠しているのは意味がない。

私はそう決心し、すっと、背筋を伸ばすと、
毅然とした態度で告げた。

「……確かに…。私の家系には、代々伝わる、最大にして最凶の術が…伝えられています。」

ほう、とうっすら瞳を覗かせて、目の前のゼロスは面白そうに笑った。
そして無言で、話の続きを続けるようにと促す。

「遥か昔、力のある魔道士と呪術士とが、力を合わせて作ったとされる呪文。全てを飲み込む威力によって、全てを絶望の淵に突き落とすと…。
使えば全てが終わる…という意味から、”終焉の呪文”と呼んでいます。」

その名を、口にしただけで、私の背筋がぞわりとなるのを感じた。
それを誤魔化すように、温かな紅茶を口に含む。

「…そう。その呪文を……僕たちは欲しているんです。」
「……成程。世界を滅ぼそうという魂胆ですか…。」

私の声に、ゼロスはふるふると首を横に振った。
さらさらとした紫の髪が不規則に揺れる。
私の緊迫感とは相対して、ゼロスは相変わらずの笑顔だ。

「正確にいえば、違います。…まあ、世界を救いたい…というわけでもないんですけどね。
こちらにもいろいろと事情がありまして…詳しいことはお話しできないんですよ。」
「……そんな不審な方に、門外不出の家宝をお渡しすることはできません。」



「では、力ずくでも手に入れさせて頂きましょう。」



その冷えた、凍りつくような声は、背後から聴こえた。

「……!!」
しま…った…っ!!!

ぐいと背後からはがいじめにされ、私の喉から厭な音が漏れた。
ゼロスは手にした果物ナイフを、私の頬に押し当てる。

…いつのまに…?
…いつのまに、私の目の前から背後に回ったのだろうか?

ゼロスは私の耳元で、まるで悪魔の様に囁く。

「カナさんだって…命は惜しいでしょう?」

くつくつと厭らしく笑うゼロス。
私は何とか呼吸を確保し、半ば喘ぎながら告げた。

「私を殺して、奪おうなんて…出来ない…んです。あの呪文の隠し場所には…鍵を掛けてありますから。」
「…と、いいますと?」
「私が在る言葉を発しなければ、その部屋の封印は解けません。」
「……」
「そして、私は死んでもその言葉を口にするつもりは、ありません。」

はっきりと、言ってやった。

私の”終焉の呪文を守る”という確固たる思いは、死を目の前にしても決して揺るぐことは無い。
それは、死んだ両親の遺言だからだ。
私を愛してくれた人たちが、望んだことだからだ。
だから私は、命を賭けてでも守る。守らなければ、ならない。

不意に、私を絞めつけていた腕が緩む。
振り返ってみると、ゼロスは困ったように頭をかいていた。

「…うーん、それじゃあ困っちゃうんですよねえ…。僕が怒られちゃいます。」
「…知らないです、そんなこと。」
「ヒドい…。カナさんを拷問したところで、その決心が揺らぐことは無さそうですし…。
かといって無理矢理開けようにも…呪術士が絡んでいるとなるとなかなか…。」

ゼロスは腕を組んで、ぶつぶつと思案を巡らせていた。
そして

「おおっ!僕に良い考えがあります!」

と、ひらめいた!!と言わんばかりに顔を輝かせて言った。
…ぴん!と立てた人差し指をふるふると弄ばせて。

「僕は決して、その術を使ってこの世界を滅ぼそうとしているわけじゃあないんですよ。」
「…そんなこと、信じられると思います?」
「ですから。あの呪文を手に入れる為には、僕はカナさんに信用してもらうしかない訳です。」
「…そんな策が在るとでも言うの?」

…訳が解らない。
私が、ゼロスを信用するようになる…とでもいうのか?
眉をひそめる私に。

ゼロスはにっこりとほほ笑んで

「それは……秘密です」

ぱちりとウインクを飛ばした。


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