随分と綺麗な顔をした神官を資料館へと送り届け、
オレンジタルト、その他諸々のオレンジ料理をこなし
何日かかけてようやく消費出来た頃。

私は彼、ゼロスのことを忘れることが出来ず
夜な夜な想って涙を流したり
彼の姿を求めて街に飛び出してみたり……

ということは全く無く。

産まれてこのかた恋愛経験も無い・惚れっぽい性格も持ち合わせていなかった私は、
綺麗な顔をした彼に興味をそそられなかった。

要は、きれいさっぱり忘れていたのだ。

いつもと変わらない、穏やかで幸せな日々を送っていた。

おいしい料理を作って、
街に買い物に出掛け、
友達とランチをして、
時折、首から提げたロケットを開き、亡き両親に呟く。

「私は生きているよ」と。
「”守るべきもの”は、ちゃんと守れているよ」と。



そんな、有る日。

とんとん。

と、乾いたノックの音が転がり込んだ。
「……?」
客人が珍しい訳ではないが、いかんせん、今は深夜0時である。
――――私の知り合いに、そんな非常識な人間は心当たりがない。

「ど……どちらさまです、か?」

強盗とか強盗とかだったらどうしよう。
恐る恐る返事を返した私は、手近な位置に有った果物ナイフを手に取り、ぐぐっと握りしめた。

「こんばんは。お邪魔してもよろしいですか?」

扉の外から帰ってきたのは、こちらの緊迫感とは間逆の、のほほんとした声。


―――…どっかで聞いたことのある、声。
…どこだっけ?

「………失礼ですけど…どちら様?」
「やだなあカナさん、忘れちゃいました?旅の神官、ゼロスですよ。」
「……ゼロス…。ああ!!あの時の!!」

暫し考えたのち、私の脳内にうっすらとよみがえってきた記憶。

―――…あの黒くて紫の、神官さんだ。

しかし、さっきも言ったが今は深夜0時である。
…私は警戒心を解かないまま、扉の向こうの彼に話しかけた。
(だって、彼が変質者じゃないとは限らないじゃないか。)


「お久しぶりです。どうしたんですか?こんな遅くに…」
「いやあ、少々カナさんにお話しが有りまして。」
「はなし…はあ…こんな時間に、ですか…?」
「仕事をしていたらこちらにお邪魔するのが遅くなってしまいまして…。非常識は承知ですが…いかんせん、急ぎの用事なもので。」
「…はあ…。」


「貴女が隠している、「終焉の呪文」について―――――。」


そう静かに紡がれたゼロスの言葉に、私の心臓は嫌な音を立てて軋んだ。


まさか。

まさか。

その言葉を耳にするなんて、思ってもみなかった。

両親から受け継がれた…いや、
その両親の、そのまた両親の、そのまた両親の…途方もない昔から、代々受け継がれてきた、その呪文。

私は、その単語を他人の口から聞くのは初めてだった。
ナイフを持つ手に、再び力を込める。
自分でも、小刻みに震えているのが解る。


「……あなた―――何者?」
「ですから、謎の神官…ゼロスですよ。」
「………。」
「「終焉の呪文」について…話していただけますね?」


幾分低く囁かれたその声に、私は嫌な予感を止めることができなかった。


そして、ため息一つ。覚悟を決めた私は、謎の神官を迎え入れるべく。
扉の鍵に手をかけた。


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