今回の仕事の重要人物であるカナさんを初めて見たとき。
「ああ…人間にもあんなに綺麗な人がいるんですね」
と、魔族である僕が素直にそう思った。

―――彼女の負の感情を食べてみたい、とさえ思った。

人間なんていうものは、僕にとって都合のいい”生き物”でしかない。



*Lycoris*



蒼い風の通る石畳の道を、私は家に向けて歩いていた。

右を見れば、目前にエメラルドグリーンの海が広がり、
青空には白いカモメとのコントラストが美しい。

オレンジがめいいっぱい詰まった紙袋を抱え、
今日のおやつはオレンジタルトとミルクティーだな…と考えを膨らます。

―――…なんとも穏やかで、幸のある生活。

―――いや――…それにしても…

「…重っ。安いからってちょっと買いすぎちゃったかなぁ」

オレンジの衝動買いを後悔しつつ。
(ましてや一人暮らしだというのに…。)
だんだんと重くなっていくような気さえするその紙袋をよいしょと抱えなおそうとしたその時。
「あ!やば」

私の腕の中から、てん、てんと転がり落ちた、ひとつのオレンジ。

ああ、大変、と振りむいたそこには


――――――…黒の神官服を身にまとった、美青年が一人。
紫の髪を風に遊ばせて、にこやかに佇んでいた。

その手には、今まさに私の落としたオレンジがしっかりと握られていて。
―――…ああ、拾ってくれたんだ、よかった。と瞬時に理解する。

「あっ…ありがとうございます。」
「いえいえ。随分買い込みましたねぇ」
「はは…ちょっと、買いすぎちゃったみたいで」

見ず知らずの人に失態を見られたようで恥ずかし私が照れ隠しに笑うと、
それにこたえるように彼もにこりと笑ってくれた。

「落とさないで持って帰ってくださいね。…ところで…ひとつお聞きしても?」
「……?なんでしょう?」
「この街の資料館はどちらにあるかご存知ですか?」
「ああ…ふふっ、迷子だったんですか?」
「はっはっは。まあ、そんなところです。」
私が冗談めかして言うと、彼もおどけた風に頭をかいて見せた。

「資料館なら私の家の隣だから。案内しますよ。」
「それは助かります。では、荷物を運ぶのお手伝いしますよ。」


親切な人に助けてもらってよかったなぁ。
綺麗な顔をした青年は、私の抱えていたオレンジを軽々と抱え、
マントをなびかせて進む。


今までお目にかかったこと無いほどの綺麗な顔で、私はなんとなく緊張していた。
…しょうがないじゃないか。私だって、純情可憐な乙女だ。

気まずい沈黙を破る為(彼はにこにこ笑顔のままなのだけど)、適当な質問を投げかけてみる。

「この街の資料館に用があるなんて、珍しいですね。お仕事かなにかですか?」
「ええ。秘密の任務をまかされていまして。」
「へえ…何のお仕事されてるんですか?」
「ご覧の通り、神官ですよ。」

にこりと笑って、赤い宝石の付いた錫杖をほらね、と言った風に見せる。

「あ、そっか。そんなにかっこいいのに神官さんだなんてちょっともったいないですね。」
私の一言に、笑ってお礼を言う彼。


その笑顔に、私の心は何度ときめいたかわからない。
あっという間に目的地である資料館について、私たちは別れを告げた。


蒼い、高い、空の日。

私は運命の出会いを果たした。

この、幸せな生活が一変する、出会い。


「ありがとうございました。あ。そういえば、最後に。お名前をお聞きしてもいいですか?」
「ええ…―――ゼロス、といいます。」


その屈託のない笑みに、私はこれっぽっちも疑心を抱かなかった。



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