「カナさん。おはようございます。」

肩を優しく揺さぶられて、うっすらと目を開けた私。
一番に飛び込んできたものは、

―――ゼロスのどあっぷだった。

いやぁあああああああぁあぁっっ!!!!

悲鳴をあげてしまったのは仕方ないことだと思う。
思わず右手が出たのも、だ。

「そ、そんなにびっくりされるとは…。」
「あ、あたりまえでしょう!?はー…なんて目覚めの悪い…。」

ほっぺたに手形をつけたゼロスが、寝起きの私の後ろを着いて回る。
私は顔を洗って歯を磨きつつ。朝食の用意に取り掛かった。
「卵焼こうかな。あ、ゼロスも食べる?」
「ええ。ぜひ。カナさんのお料理はおいしいですからね。」
「魔族に褒められても…ま、ありがとね。
じゃ座ってていいから。ていうか、なんで後付いてくるの?」

しっしっ、と手で追い払う。
監視、とは行っても、そこまで付いてこなくてもいいだろう…。

「いやー、人間がどのように生活してるのか、興味をそそられまして。」
「はぁ…そう?」

「そ・れ・に―――――…」

ぐっとゼロスの顔が近くなって、私の耳元で冗談めかして言う。
「こうしてると、僕たちなんだか新婚さんみたいじゃありませんか?」

おいおい…。
間近なゼロスをじと目で睨む。
「私…ゼロスみたいなうさんくさい旦那さん、やだ…。」
「…ちょ、即答ですか。僕はカナさんがいつお嫁にきても大丈夫ですよ?」
「はいはい。冗談はその辺にしてねー。」
「あれ、僕結構本気だったんですけど。」

そういいつつ、ゼロスは面白そうな顔をしてぽりぽりと後ろ頭をかいた。
――何が本気だ、ばか。

そうこうしているうちに、朝食の用意は整う。
簡素な食事をテーブルに並べて、二人合わせていただきますをした。

…なんてゆーか。
ゼロスは「はい、時間切れー」で私の首をかき切るかも知れないのだ。
そんな相手と…新婚さんみたいね(ハート)なんて言ってはいられない。

「ね。魔族になるのは嫌だけど、殺されない方法ってないの?」
「え?やっぱり魔族になるの嫌なんですか?」
ゼロスが卵を掴んだフォークを止めて、眉間にしわを寄せた。
「…迷ってる。魔族にはなりたくないけど、…死にたくもないの。」
「我儘な方ですねぇ。」
ふう、とため息をついて、ゼロスは卵焼きを口に放り込んだ。

…我儘って。仲間にならなきゃ殺すよー、っていう方が
よっぽど我儘なんじゃぁないか…?

食事をとり終えた私は、ひとまず街の資料館に行くことにした。
――――もしかしたら、現状の打開策があるかもしれない…という淡い期待を託してだ。

街に出ると、露店のおじちゃんやおばちゃんが声をかけてくれる。
私は生まれも育ちもこの街。
元々大富豪の生まれだったというだけでも注目の的だったのに、其の両親の突然の死。
…そりゃぁ、こんな何の変哲もない街で大ニュースにならないわけがない。
というわけで、私はこの街でそこそこの知名度を持っていた。

ゼロスとともに、人を避けて歩く。
正面に見える空はうっとおしい程に晴れ晴れとしていて、
もやもやとした私の気持ちをばかにしているように思えて仕方がない。
こんなに大勢人間がいるのに…なぜ私なんだ?と
どこに向けたらいいかもわからない思いをぐっと押し殺した。
ゼロスを問い詰めても意味がないということが分かっているからだ。
のらりくらりとかわされ、余計に腹が立つのがオチ…だろう。

「おや。なんでしょう、あの人だかり。」
「ん?なに?」


ゼロスが指した先にあったのは、旅の者向けの宿だった。
―――――…けんか?
其れにしては、派手な爆発や光が宿屋の入口から溢れている。
…まぁ。これ以上厄介事には関わりたくない。
早く行こうと、私の隣の厄介事をツンツンと引っ張るが、彼はまっすぐ宿屋の方を見ている。

「もしかして…。カナさん、行きましょう。」
小さくそういうと、私の手をパシッと取ってあろうことか騒ぎの真中へと足をすすめた。

…おわっ―――ちょ…ちょっと!!

騒ぎの中心にいたのは…旅の魔道士のようだった。
魔道士とはいっても、栗色の長い髪を揺らした、愛らしい少女だ。


彼女は、こちらを見るなり驚きの表情を見せる。


「――あ…あんた―――ゼロス…!!」


…まさか…知り合い…?
―――――――どうやら。

―――…厄介事が厄介事を呼んだらしい。




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