あの後。
そこらじゅうに散らばった薬草を集め、
私は無言のまま自宅へとたどり着いた。

「ずいぶんと広いお屋敷ですね。おひとりなんですか?」

――――当然、私のことを監視するとぬかしたこの男も一緒にだ。

「一人暮らしなの。親や兄弟は皆死んじゃった。そこらへん座ってて。
あ、何かのむ?紅茶でいいかな。」
「おかまいなく」
片手をあげて答えるゼロス。

―――ああ…私がこの家にひとりきりになってから…もう7年程たったろうか。
それ以来、誰一人この家に上げたことはなかった。
それを、よりにもよってこんな魔族を迎え入れるはめになるとは…。
私の平穏な日々よ…戻ってこい…。

「はぁ。今日はいろんなことがあって疲れたわ。」
「そうですか?」
「そうですか…って…何よりもゼロスと遭遇してしまったのが一番の事件よ。」
「そんな…人を歩く災厄みたいに…。」
「其の通りじゃない。…―――――でね。質問があるの。」

飲んでいた紅茶をカタリと置いて、私はゼロスを見つめる。
はたして…このうさんくさい魔族がどこまで教えてくれるかはわからないが…。
生憎、私には聞いておきたいことが山のようにある。

「ええ、お答えしますよ。――――僕に答えられる範囲内で、ですけど。」
ゼロスは肩をすくめて言った。
「まず。私の力って…何?」
「おっと。いきなり核心を突いてきますねぇ。
ま、いいでしょう。いずれはお話ししなければならないことですし。」
「ん。お願い。」

「貴女には、魔族と同じ程度の膨大な魔力があります。
…いや、無理やり与えられた、といった方が正しいですね。」
「魔力、ねぇ。私魔術は使えないからさっぱりわかんない。」

あっさりと言う私に、ゼロスは困った様な顔で返した。
「そうなんですよねぇ。ま、ともかくものすごい力なんだってことだけ
理解しておいてくだされば結構です。」
「ふーん。」
「3年前の実験で、貴女にその力が与えられました。
―――――――――魔族の力を人間に移植する、という実験です。」

…………なにそれ。
なんかすごそう。
そんな大層な実験ならば、私の自覚もあったろうに。
残念ながら、私の記憶の中にはモルモットになどされた覚えはない。

いや――――――・・・
まてよ?……。
――――――――……あ。

――――もしかして…。

「…私…3年前の数ヶ月間、記憶飛んでるんだよね。まさか…それ?」
「ええ、恐らく。」
ぴんぽん、とでも言いたげにゼロスは頷いた。


3年前のある日。
私はやはり街へ帰る途中だった。
そこで一旦記憶は途切れ。
気が付いたら家のベッドで横になっていた。
其の間、約…4ヶ月程。
空白の4カ月の謎が、今明らかになったのだ。

ん?待てよ。
「ねぇ、じゃぁさ、私みたいなの量産されてるってことよね?
だったら…私なんかじゃなくってもっと性能のいい人をスカウトした方がいいんじゃないかしら。」

素朴な疑問である。
私がお茶菓子をかじりながら言うと、ゼロスもそれに倣ってそれをぽいと口に放りこんだ。
…魔族も…こういうの食べるのか?
―――…や、ゼロスだけの様な気がする、こんなの。

もくもくとそれを咀嚼しつつ、彼は当たり前のように言った。
「カナさんが唯一の成功作なんですよ。でも、そこそこ力を持った人間をそうぽこぽこ生産されても
魔族としては困っちゃいますし。僕が研究所ごと処分させていただきました。
これおいしいですね。」

研究所ごとって…。
恐らく、かなりの人数が死んだはずだ。
…こんなの、お菓子をつまみながら話す話ではない。

「そう…で、残った私を利用してしまおうってわけね。納得。
正直まだ実感湧かないけど。」
「そうでしょうね。どうです?仲間になる気になりましたか?」

「ごめん。まだ保留。…いい?」
「いいですけど…そんなに長く待つわけにはいきませんからね?」

わかってる―――私は呟くようにそう言って、再び紅茶をすすった。
あまり引き延ばしていても、私が消されることには変わりないだろう。
かといって…正直魔族になりたいとは思わない。
と、いうか、魔族についてあまり知らない。
これは、早いとこどうにかしないと………

――――あ。そうだ。
「もう一個…大事な質問があったんだけど。聞いても…いい?」
「なんです?」

「今日の晩御飯はなにがいい?」

ぶべっ。
ゼロスが飲んでいた紅茶を盛大に噴き出した。
「…げほっ…けほ…カナさん…そ、それ、このシリアスな場面で聞くことですか?」
「魔族になるかならないかっていうのと、今日の晩御飯は何にするかっていうのは、
今の私にとって同じくらい重要な問題なの。」

ゼロスの様子をみて笑って言ったが、私は大真面目である。
――――…だって…おなか空いたんだもん…。

「僕は結構ですよ。ほら、魔族ですし。」
「あー…魔族はご飯食べられないんだっけ?」
「いえ、食べられないわけではないんですが…」
「なによー、じゃぁ私の作ったご飯が食べられないっていうの?」
「えぇ?そういうわけでは…」

――――だって。
他人と食事をするなんて、久しぶりなんだもん。
あ。ゼロスは人じゃないか。

私の意思を読み取ったのか、それとも観念したのか。
ゼロスはふ、と困った様な顔で笑うと
「では、僕の分もお願いします。」と言った。



「…ん。―――――――――――…ありがとう。」




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