そろそろ、日が暮れる。
落ちる太陽の光が、私も木々も土も、全てをオレンジ色に染め上げていた。

街から少しばかり離れている、あぜ道。
私は摘んだばかりの薬草や花を両手に抱えて、家路を急いでいた。
今日はシチューつくるんだから。

しかしここから街に帰るまでには、日は落ちてしまっているだろう。
暗いのこわーい!…といった柄ではないが、私だって一応女子。
これは早く帰らないと。まずい。

―――――――――と思った矢先。

「あれ、そこのきれーなおねーちゃん!!一人なの?」
「危なくない?送ってあげようか?」

案の定。
下心丸見え。にやついた盗賊風のむさい男が二人、声をかけてきた。
「いいです。通して。」
無表情であっさりという私を気に食わなかったのか
今度はどすの効いた声で私を脅しにかかる。

「あのなぁ、親切で言ってやってんだぜ?」
「そうそう。ちょっとくらいさ、お話してみない?俺らと。」
「ちょっと…汚い手で触んないでください。」

肩に触れた男の手を邪険に扱う。

「お前、いい気になりやがって!ちょっとこっち来いよ!
遊んでやっからよぉ!!」

今度は腕を掴まれ、ぐいと引っ張られる。
私の視界は急にぐるりと動き、わけもわからないまま草むらの中へと引きずり込まれた。
……うう…。どうやって逃げよう…。

声を上げようにも、口は男の手でふさがれてしまった。
どうにか逃げようと体をよじるが、流石に男の力には勝てはしない。
男は私のことを罵倒しながら、右手を振り上げた。

―――――――――だめだ!
…殴られるっ…!


ぎゅ、と目をつむって、今から私を襲うであろう痛みを覚悟する。


―――――――!
――――――あれ―――?
…………こない。

おそるおそる目をあける私。
気がつけば、私の口を塞いでいた男も
「……いない……」

どうして…。私は今殴られる瞬間だったのに――――――――――
き、消えた?

「大丈夫ですか?」

軽いパニックを起こしていた私に突如かけられた声。
振り向くと、そこにいたのは神官服を着た青年だった。
紫の髪に、整った顔立ち。そして不自然なほどにこやかな笑みを浮かべていた。


「…あ…ありがとう…。…あなたは?」
「僕は、謎の神官ゼロスと言います。」
「謎?ここにいた男たちは一体どこに…?」
「――――さあ?」

彼は含みのある声で言った。
恐らく。今の男2人を葬ったのは彼なのだろう。
…どんな方法で、かはわからないけど。


「さて。カナさん。僕はあなたに用があって来ました。」
「私の名前、知ってるのね…。用ってなぁに?」

「単刀直入に言います。カナさん、魔族の仲間になりませんか?」

いやいや。単刀直入過ぎて、なかなか理解ができない。
「ご、ごめんなさい、もう一回…」
「ですから。僕たち魔族の仲間になりませんか?と。」

にこにこ笑顔は絶やさず、怖いことを言う彼…。
魔族と言えば、人類の敵。
人間とは相容れぬもの。
それがなんで私なんかに――――?

「理由がわからない。私なんて平凡な町娘よ?
料理は得意だけど、お裁縫はできないしすぐ食べこぼすし食わず嫌い多いし
頭だって並みよりちょっと上かな〜…くらいの平凡な町娘よ?
私だったらこんな使えない女、仲間にしようなんて思わないけど。」
「そ、そこまで自分のことを悪く言わなくても。」
ゼロスが苦笑いでまぁまぁ、と私を宥めた。

そして、すっと真面目な表情に戻る。
「貴女には、貴女自身も気がついていない力があります。
…ま、それはおいおいお話するとして。
僕たちはそれを見つけ…人材不足の魔族にひきこんじゃおう!っていう魂胆です。」

…気が付いていない力、ねぇ。

「たとえば。私が嫌だっていったらどうなるの?」
「そうですねぇ…」

ゼロスの目がうっすらと開いた。
怖いほど綺麗な紫の瞳が、私を捉える。
―――何?…この圧迫感…。

「―――――――当然、僕は貴女を始末しなければいけなくなります。」
「そう…魔族になるか、死ぬか選べ…ってことね。」
「そういうことになりますね。僕自身カナさんに恨みはないんですが。
いかんせん上司の命令なもので。」

元の笑顔に戻って、人差し指をぴこぴこと振るゼロス。
――――もちろんこっちは全然笑えない。

「ずるい。そんなのただの脅しじゃない。」
「いえいえ。―――牽制、ですよ。」
「もー…どう違うのよ…。」

いまいち状況が掴めない。

――――――が。

なにやら大変なことに私は巻き込まれたようである。
私の心臓は、どきどきと早鐘を打っていた。
悟られないよう、極力平静を装う。

「猶予は?」
「はい?」
「猶予。いきなりきて答えられるわけない。ちょっと考えさせて。」
「ごもっともです。そうですね、なるべく早いうちでお願いします。」
「ん、りょーかい…。」

とりあえず。
殺されたくはない。ならば、今はこの答えしかないだろう。
しかし、次に彼の口から出たのは信じられない一言。

「では、お答えをいただくまで見守らせていただきますね。」

―――――――――は?
それって…

「何?それは…つまり…監視…ってこと?」
「ええ、そうとも言います。」

にこっ。……じゃなぁぁいっ!

「ちょっと待って、じゃぁ私が寝てるとことかお風呂入ってるとことか
着替えしてるとことかも全部見られるってこと?」
「いえいえ、そんな非常識なことはしませんよ。」
…非常識って…。魔族からそんな言葉が出るとは思わなかったよ…。

「というわけで。よろしくお願いしますね、カナさん。」

彼は更に魔族とは思えないような笑みと仕草で。
私の隣へちょこんとついた。




全ての始まりは、全ての終わり。
あなたと出会ったのが、其の証拠。



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