みんなと離れ、連れてきてもらったのは、湖のほとり。
森の中にあるらしいこの場所は、しんと静まり返っていて。
どこか神秘的なこの場所で戦わなければいけないのか、と小さくため息を吐く。
「リューダルさんの一件、お見事でした。」
「ありがとう。……試してたんでしょ?私を。」
「ええ。魔族にしてみてから”やっぱり使えなかった”、じゃあ話になりませんからねえ。
丁度いいからカナさんの力をテストしようじゃないかと、獣王さまが仰いまして。
まあ、僕の苦労も減るということで、カナさんにがんばっていただいた訳です。」
「そんなことだろうと思ったわ。―――で。どうだったの?テストの結果は。」
私の問いに、ゼロスはにこりと笑って、言った。
「もちろん、合格です。」
そう。
小さく呟いた私は、まともにゼロスの目が見れなかった。
「カナさんご自身も、おわかりになったでしょう?自分が普通の人間とは全く違うことを。」
「―――うん。」
「では、もう一度改めて言います。カナさん。魔族の仲間に、なりませんか?僕と一緒に、行きましょう。」
「ごめん。ごめんゼロス――――…。それは、出来ない。」
―――私は、魔族にはならない。
これが。私の出した答え。
私のきっぱりとした答えに、ゼロスの表情が僅かに歪む。
「…それが貴女の答えですか。…カナさんは、僕たちが予想したよりも強い力をもっています。人間にしては、ね。ですから―――」
く、とゼロスは口をつぐんだ。
珍しくひそめられた眉から、悲痛な感情が伝わってくる。
…なんで魔族の貴方がそんな顔してるのよ。
「貴女が魔族にならないと言うのなら…僕はカナさんを始末しなければいけません。」
「そうでしょうね。―――だから、場所を変えてもらったんじゃない。」
最期の最後まで、私は抵抗するつもりだ。
―――だから、この戦いにみんなをまきこまないように。
私が死んだことを、みんなが悲しまないように。
「…さすが。力は有れど、心は人間というわけですね。最後まで人間らしい…いえ…カナさんらしい、ですね。」
「…まあね。」
ゼロスがくしゃと笑ったので、私からもつられて笑みがこぼれる。
その笑顔をみるのが、これで最後になるのかと思うと…涙まで零れそうになって。
それをぐっとこらえて、私は笑みのまま、ゼロスに告げた。
「みんなに会うまでは、私、生きてる意味なんてないっておもってたの。勿論、ゼロスのおかげでもあるんだよ?
一緒にご飯食べて、お話しして、貴方は魔族だけど優しくって。」
かつてゼロスにもらったブレスレットに触れる。
私の右腕にしっくりとなじんだそれは、ひんやりと冷たい。
あの日、あの時、此れを貰った時を思い出す。
きっと、そんな些細な優しさが、私の心を奪って行ったのだ。
そして、満たしてくれたのだ。
ゼロスにとってはただの気まぐれでも。利用する為でも。
それは、私にとって重要な”幸せ”だった。
「きっと最後だから告白するわ。―――ゼロス。私は、貴方が、すきなの。」
まっすぐと、その紫の瞳を捕えて、私は告げた。
彼の表情に見え隠れする、困惑の色。
嫌がられてもいい。これが私の気持ちの全てなんだ。
「すき…ですか。」
「うん。」
「まいりましたねぇ…。」
はは、と弱々しく笑った彼は、私の頭をくしゃりと撫でた。
「カナさんの気持ちは嬉しいですよ。」
「…そう…。」
「けれど、僕は魔族ですので。そういった感情はよくわからないんです。」
「でしょうね。いいの。伝えたかっただけなの。ほら、どうせ最後―――――」
「ですが――――…」
私の話を遮って、ゼロスは続けた。
まるで、叱られた子供みたいな、見たこともないほど情けない顔をして。
「―――…僕は。カナさんを守りたい…と思います。リューダルさんと戦った時も、今も…これからも。
貴女がその笑顔でほほ笑んでいてくれることが……何故か僕にとって大事なんです。」
「―――え…」
「ああ、すみません。これが”恋”とか”好き”とか言う感情なのかどうかはわかりません。…少なくともリューダルさんにはそうだと言われちゃいましたけどね。」
「………」
暫く、沈黙が流れた。
頭が混乱して、考えがまとまらない。
――――…ゼロスが、好き?私を?
…守りたいって……なんで???
「…なっ…なん、で…?」
「どうしてでしょうねえ。旅に出ていきいきとしているカナさんが、可愛らしくて。」
「かっ…かわいっ……ばか!こんな時にふざけないでよ…!」
「ふざけてなんていませんよ。」
ほほ笑むゼロス。
赤く染まる、私の頬。
想い合っていただなんて、予想もしなかった。
ゼロスの感情が、たとえ恋出なかったとしても……
彼の心に少しでも残ることができた。……それだけで、十分だ、とさえ思った。
――――…けれど。
私たちは、魔族と人間。永遠に、相容れない存在。
―――…決別の時を避けることが出来ないのは、痛いほどに理解している。
―――…なんで?
なんで魔族と人間という形で出逢ってしまったんだろう。
私の目から、こらえきれなくなった涙がぼろぼろと零れた。
落ちていく滴は光を反射し―――…綺麗だ。
「…ありがとう、ゼロス。本当に楽しかった。」
「こちらこそ。」
「――――…もう、そろそろお別れしなきゃ。命令に背いたらゼロス怒られちゃうよ?」
「ええ。」
止まらない涙。
頬を伝う滴を優しく拭ってくれながら、ゼロスは静かな声音で告げる。
「…僕には、カナさんを始末することはできません。」
「………?」
「…かといって、無理矢理魔族に引き込むつもりもありません。」
「…どういう…意味?」
途端に強く引かれた腕。
バランスを崩した私を、ゼロスはその胸で抱きとめた。
ぐ、と強められたその腕に、私の胸は高鳴る。
「カナさんには、人間のままでいていただきたいんです。怒ったり、笑ったり、泣いたり。…そのままの、カナさんを見守りたいんです。」
――――ああ。
「ですからどうか。そう簡単に命を投げ出そうとしないでください。」
――――ああ。駄目だ。
嬉しくて、嬉しくて、うれしくて、涙が止まらない。
ぼたぼたと滴る滴を拭こうともせず。
嗚咽を我慢しようともせず。
私はただただ、そのゼロスの広い胸にしがみついて―――泣いた。
空が、青い。
今まで見たどの空よりも、どこまでも真っ青な澄み切った色だ。
「―――…またね―――――…ゼロス。」
「ええ。カナさんもお元気で。」
そうありきたりな言葉を交わし、私たちは別れの時を迎える。
互いの道を進むのだ。
想いは通じ合っても、私たちの関係が許されないものだということは解っていた。
だから、暗黙の了解のように、私たちはお互いに”一緒にいたい”などという言葉は吐かない。
「…もう、逢うこともないんだね。」
そう笑って呟いた私に、
「そうですね。ですが、僕はいつでもカナさんを見守っていますよ。」
と。
いつものお得意の笑顔で、彼はそう言って見せた。
空が、青い。
別れだというのに、不思議と淋しさは無かった。
私の心に、ゼロスの心に、
お互いの存在があるというだけで――――。
なんて幸せなことなのだろうと。
私の胸はあたたかさでいっぱいになっていた。
そして。
優しく触れるようなキスを交わして、私たちは別れた。
―――ありがとう、ゼロス。
――――どうか、私と貴方の心が、強くありますように。
end
あとがき
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