深夜、真っ暗な森を進んできた私たちは。
ついに、噂の建物へとたどり着く。
全員が、静かに息を呑んでいた。

その建物は、周りの世界とは違う雰囲気を携えていた。
辺りに生き物の気配は感じられず、禍々しい空気を放つ。

何よりも不思議なのは―――――扉だ。
二人がかりでないと開けられそうもない重い扉が、
深夜だというのに開け放たれていた。

全員が、訝しげに眉根を寄せる。
――――これって、やっぱり…
「罠…かしら?」

私の小さな呟きに、全員が小さく頷いた。

「ま、罠だろうとなんだろうと…とにかく進んでみるしかないわね」
「…まだ、リューダルの家だと決まった訳じゃないしな。」
「そーゆーこと。じゃあ行くわよ。」

そろり、と建物の中に足を踏み入れる。
流石に電気は付いていない。
徐々に慣れてきた目で辺りを見回すと
中はがらんとしていて、生活感がまるで窺えない。
…とても、人が住んでいるようには見えなかった。

…と。そういえば。
気がついたらゼロスの姿が見当たらない。
確か、出発した時にはいた…筈だ。

…ほんとに。リナさんが言うとおり、神出鬼没。

「彼がいない」。
たったそれだけのことなのに、何となく。
胸のあたりが重くなるのを感じた。

……以前にも、こんな気持ちになったことがあった。
あれは――――たしか、そう。
お兄ちゃんが、死んだ時だ。

……ああ―――――。
きっと私は。
ゼロスがいないことで、「淋しさ」を感じているんだ。

淋しい……。淋しい…??
なんで?
傍にいてほしい?近くにいてほしい?

其処まで考えて、私はこれ以上考えまいと頭を左右に振った。

―――――――――これ以上、考えては駄目だ。
彼がいなくて淋しい。なんて気持ち、
私は抱いてはいけないのだ。
きっと、この先は気がついては、いけない。

急に頭を振った私を気遣って、
アメリアさんが「どうかしましたか?」と目で訴えてくる。

なんでもない、と。小さく笑って見せようとした、その時。


「――――!!!」
「なっ…なんだ――――!?」

突如付けられた、部屋の明かり。
その眩しさに、私は思わず目をつむった。

やっとその光に目が慣れてきたころ。
無機質な広間に佇んでいたのは、リューダルだった。

「こんばんは〜」

相変わらず。この切迫した場に似合わぬ様子。
おどけた様子で、片手をひらひらと振って見せた。
相対して、私たちは咄嗟に戦闘体制をとる。

「来ると思ってたんだよねぇ。と、言うか、来るのを待ってたっつった方が正しいな。」
「……待ってた?どういうことよ!」
「まーまー、そんないらいらしないでよ、リナちゃん。街にこの建物の噂を
流しておけば…感の鋭いキミたちなら来るかなー…と思って、さ。」

ば!とアメリアさんが前へと躍り出る。

「カナさんから、だいたい話は聞きました!貴方が人類の為に
この計画を進めていること!私たちは、そのことで話し合うためにここに
来たんです!」
「話し合うぅ?……残念。こっちには無いよ。」

そんなアメリアさんの様子を見て、嘲笑したリューダルは、
す――――、と私たちに向けて人差し指を向ける。

―――?
変化は、私を覗く4人の周りに現れた。
その4人の周りを囲むように、床に光の線が入る。
―――なに?

「しまった!!結界!?」

リナさんが気がついたときには、既にその結界は完成していた。

「みんな!――――きゃっ…!!」
「カナ!」
「カナさん!」

薄い光の中に閉じ込められたみんなのもとへ行こうと、
その結界に触れた瞬間、私の体は宙を舞ってはじき飛ばされる。

どさりと地面に落ちた衝撃で、鈍痛が襲った。
同時に、左手にも、痛みが走る。

「キミたちをここに呼んだ理由。実験台にする為さ。
見たところ、結構強いみたいだし。それに強い魔族を掛け合わせたら
――――――どうなるのかな〜…って。」

私の左手を捻りあげたまま言うリューダルの顔が、
にやり、と悪質な笑みに代わる。

…ぞっとした。
みんなが、殺されてしまうんじゃないかと。
頭の奥に、みんなの息絶えた映像が広がる。
吐き気さえする妄想を振り払って、

「―――――!!!!っ――!!」

掴まれた左手をほどこうと身をよじるが、
抵抗を見せる私を、リューダルは面白そうに見つめるだけだった。

涙で滲む、みんなの姿。

――ああ。

―――――なんて、私は、

――――弱いんだ。


私の目の前の景色は、ぐにゃり、
と歪んだ。



list
>>clip('V'