さすがは観光地。

ひとたび宿の外に出れば、
たくさんの観光客と名物が目白押しだった。

人を避けて歩くのにも一苦労。
どうしたってぶつかってしまう肩に、
すみませんを連呼しつつ歩みを進めるしかない。

そんななか、私の右手はゼロスの左手に繋がれていた。

「すっっ…ごい人ね…。」
「ええ。ここはどうやら土産物やが軒を連ねる通りのようですから。
ここを抜ければ少し静かになるはずですので、もう少し我慢してくださいね。」
「…ん。でも、流石に手までつながなくても――――…」

言い終わる前に、繋がれた手にギュッと力を込められて。
私はそれ以上は言わず無言で了解する。
……なんとなく…気恥ずかしい。
…迷子か、私は。


その人込みを抜けたころ。

―――――――ふと。視線を感じる。
その先には…一人のおじさんの姿。
果物屋の店主のようだ。

私と目が合うと、はっとした表情を浮かべた。
――――…?
なんだ?


「…なんですか?」
「あ…ああ、いや…、昨日の夜聞かれたんでね。
真っ白な服に赤い髪飾りを付けた、ロングヘアーの美少女魔導士を見かけなかったか?…って。
で、もしかしてお前さんなんじゃないかと…。」
「ふーむ、それは確かに特徴がカナさんにそっくりですねぇ。美少女、なんてところ特に。」
「ゼロスうるさい。おじさん、それ、どんな人でした?」
「金髪のロングで、男のくせに随分きれいな顔しててなあ。知らないっつったら、
めんどくさげにしてたよ。…もしかして借金取りかなんかかい?
まー…最近は治安も不安定でよぉ…」

そうそう、そんなかんじです、と適当に相槌をうって、私とゼロスは
そのおじさんを後にした。

「…カナさん、どう思います?」
「まちがいなくリューダルだと思う。
金髪でロングなんてリューダルかガウリイさんくらいしかいないし。」
「でしょうね。それにしても、よかったじゃないですか。『美少女』ですって。
随分お気に入りみたいですねぇ。」
「全然美少女じゃないよ…。って、何機嫌悪くしてるの。」

いえ、別に。
ゼロスはそう言って、私の手をぽいと放した。


――――…先程のおじさんから、更に有益な情報を引き出すことができた。
(借金で首が回らなくて…という迫真の演技によって、もれなくリンゴも頂いた。)

「…さっきのおじさん。この近くに謎の建物が出来た…って言ってたよね。」
「ええ。」
「…それって、もしかしたら」
「ええ。ご想像の通り…だと思います。」

――…リューダルさんの、…本拠地?
だとしたら、人と魔族融合の実験は其処で行われている
可能性が…高い。

「とりあえず、宿に戻ってみんなに話してみよっか。
もうこんな時間だし。」
「そうですね。名残惜しいですけど。」
「なにが?」
「カナさんとのせっかくのデートが終わってしまうのが――――」

どすっ。
言葉を言い終える前に、私は彼の脇腹に拳をくらわせてやった。
ううっ、と呻いているが、魔族の彼には痛くも痒くもないだろう。
それを知っての上である。


「ひ、ひどいですよ〜…カナさん」
「ゼロスが変なこと言うから悪い!はい、しゃきしゃき歩く!」
「……な、なんかカナさん…リナさんに似てきてません…?」


またしても土産物屋通りの大混雑を通る時。
ゼロスは私の手を自然に掴んだ。


――――――温度のある筈の無い手が、なんだか、あったかい。
――――変だ。



宿屋に帰ると、全員が私たちの帰りを待っていた。
そこで私たちは、今日聞きこんできたことの報告会も含め、遅めの昼食をとる。
近くに出現した、謎の施設の話をみんなにすると、
反応は意外なものだった。

「やっぱりあんたも聞いたのねー。」
「え。ということは、リナさんも?」
「そ。アメリアやゼル達も、この街の人から聞いたみたい。
相当、噂になってるみたいね。『謎の施設』。」
「それなんですけど。金髪の青年がその施設に入って行くところを見たって人がいました。
 …それって、もしかして…。」

「……リューダルさん…かな?」

私の小さな呟きに、全員が神妙に頷く。

「―――よっしゃあ!なんだかわかんないけど、こうなったら乗り込むしかないわね!!」
ダン!と机をたたきながら意気込むリナさん。
私は吹っ飛びそうになるティーカップを必死に守った。

「そうですね!!リューダルさんを直接説得してみましょう!
魔族人類合成計画に害があることを知れば!きっとわかってくれる筈です!」
「わ、わかった、わかったから座れ、アメリア。」
「そうときまったら、早速向かいましょうか。」



――――――と。
いうわけで。

私たち一行は、その『謎の施設』に乗り込むことになった。
今から出発して、付くのは深夜。
そこで、忍び込んでみようじゃないか、という作戦だ。

「もしリューダルさんがらみの建物じゃなかったら…私たち本当に唯の不法侵入者になっちゃいますけどね」
というアメリアの呟きは黙殺された。
――――まあ、見つからなければいいだけの話、だ。


街から続く街道の、森の中に、その建物は突如現れたという。
夜の森は…鳥の声も動物の声も一切せず。私たちの葉を踏む音だけが響いていた。
木々に覆われているせいか、月明かりもまともに届かない。
不気味、だ。

何が待っているか解らない。
何も待っていないかも知れない。

――――願わくば、この状況が好転するように、と。
私は小さく祈りを込めた。





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