僕の中に、小さななにかが蠢く。

彼女を傷つけた自身の右手を見て、苦笑が漏れる。

「ずいぶん…入れ込んでしまったようですね。」

空から見える宿屋の窓から、カナさんの姿が見える。
リナさんたちと語らい合っているのでしょうか…?
出逢った時には決して見せなかったような表情だ。

――――――――…昨夜。
やつがカナさんに触れたことに、強い憤りを感じた。

すぐにでも滅ぼしてやりたかった。

しかし、其れをしなかったのは―――
……できなかったのは――――



あの時のリューダルの一言。

「その手、放してもらえます?リューダルさん。」
「…!おっと、ゼロス。…ばれちゃったか。」

リューダルはその手をあっけなく放し、カナさんの体はぐらりと崩れた。
その場に移動し、カナさんの体を支える。

「そんな怖い顔しないでよー、ゼロス。別にほんとに殺すつもりはなかったよ。」
「そうでしょうね。…僕が言ってるのは、カナさんに触らないでください、
という意味です。」
「ふうん……。」

そして、リューダルはにやりと笑う。

「そういうこと、ね。ゼロスもカナちゃんに惚れちゃってるんだ」
「……さあ?どうでしょう――――」

僕はそっけない態度で返す。
―――が、本心は違っていた。

リューダルの発言に、ほんの少しの動揺が生まれる。

その隙をついて、やつは逃げた。





「――――どうしちゃったんでしょうね。」

彼女の言動が気になる。
一挙一動に、心が震える。

―――そして、そんな自分に
戸惑い、嫌悪する。

おそらく。
これは。

人間でいうところの――――
魔族が、本来持つべきものではない…
持つはずもない、感情。

―――――――…

「まあ。あんまり詮索しないようにしておきますか。
―――…滅びかねませんし、ね。」

僕はアストラルサイドへと身を転じる。
去り際に見た、カナさんの笑顔がなかなか消えることは無かった。


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「ええええ!来たんですか!?リューダルさん!」
「うん、リナさんとアメリアさんが寝てるときに…。」
「全っ然気がつかなかったわ…。で、カナ、あんたは大丈夫だったの!?」
「平気。ゼロスが助けてくれたの。」

朝食が終わった平和なテーブルに着き、私は昨日の話を始めた。

――――…殺されかけた、ってのは秘密にしておこう。
余計な心配かけたくないし。

「で、奴はなんだって?」
「ん、ゼロスから聞いたとおり…奴は私を仲間にしたい、と。」
「…ふうん、またまた直々に勧誘にきたってわけね。」
「そう…なんだけど…。
聞いてみたの。なぜ、人間と魔族の融合計画を進めようとしてるのか。」

―――私には、正直解らない。

「リューダルさんが言うには…彼は、人類の繁栄と平和をもたらす為…らしいわ。
魔族を滅ぼして、人間の力を強化すれば…人々は安心して暮らせると…。」

―――彼のしようとしていることが、善なのか、悪なのか。

「私たちもリューダルさんも…ただ人々を守りたいだけなのに…。
どうして敵同士になっちゃうのかしら。」
「いろいろな形の、正義があります。
時にはぶつかることがあるのも仕方のないこと…。でも…割り切れませんよね。」
「……………。」
「…………。」

アメリアさんの言葉に全員が、ぐ、と口を噤む。
しばしの沈黙。
果たして、このままリューダルさんを下してしまっていいのか?
私たちがしようとしてるのは、本当に、人々の為の正義なのか?

そんな気持ちがそれぞれの中にあるのだろう。
―――…現に、私もそうだ。

――――――――――…
――――――――――――――――…

「だああああ!考えたってしゃーないでしょーが!」

沈黙を見事に破ったのは、リナさんの声。

「あたしたちの信じたものが正義!それを疑ってどーすんのよっ!」
「リナ…」
「だいたいね、リューダルって奴のいう計画が実行されたら、
パワーバランスが崩れて…この世界すら存続が危ういわ!
そもそも、魔族と融合してもいい、なんていう人の方が少ないわよ!
きっと…力を手に入れた人間同士が争い合うようになるだけ…」
「確かに…リナの言うとおり…だな。この世界が滅んじまったら、
元も子もないだろう。」

ふん、と鼻で笑うゼル。

「そ…そうですよね。相対する正義だからといって…解り合えないとは限りません !
まずは、リューダルさんと話し合ってみることが立派な正義だと思います!」

ぐ、と握りこぶしを作るアメリアさん。

「まずは会って、話を付けてみましょう。
それでも、計画を進めるっていうなら……その時考えるまでよっ」
「はい!」
「そうだな。」

「でも、そのリューダルは何処にいるんだ?」

ガウリイさんのもっともな突っ込みに、
意気込んでいた全員がこけた。

「確かに…私きっぱり断っちゃったから…もう私のところには来ないかも…。」
「ということは、カナを餌におびきよせるって手ももう使えない訳か。」

ゼルが苦々しげに言う。
餌って…。
そうハッキリ言われると…。

「いいえ、そんなこと無いはずよ。リューダルは、自分ひとりの力じゃあの計画を
実行出来ない事は理解してる…。ということは…カナが嫌がろうと何だろうと、
カナを奪いに来ることは間違いないわ。…昨日は話し合いみたいだったけど、
今度は実力行使で、ね。」
「…なるほど。」
「とはいっても、このまま待ってるっていうのもねー。
昨日の目撃証言がないか…聞き込みでもしてみるかっ。」


かくして。
旅の準備も兼ねて、各自聞き込み調査を行うことになった。
一緒に行ってくれるというアメリアやゼルの申し出を跳ねのけて、
私の護衛に付いてくれたのは。

またしても都合よく現れたゼロスだった。









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