鼻の先がぶつかるのでは無いかという程の距離。

彼の端正な顔が歪み、私の存在を睨みつける。

「これでも、協力しない…って、言う?」
「……っ…」

リューダルの両手は、私の首にしっかりと絡められ。
その手を掴んで抵抗を示すが、ビクともしない。

次第に込められていく力に、私の喉からは無意識に音が漏れた。

「…ぐ…っ…や、め…」
「ほら、うんって言わないと、死んじゃうよ?
苦しいでしょ、流石に。」
「……!!」
「すごい力を持ってるのに…使い方を知らないなんて、もった無いなぁ。
――――無力、だねぇ、カナちゃん。」

にやり、と私を蔑むように彼の口元が歪む。

くるしいくるしいくるしいっ…!!

彼の笑みが―――霞む。
意識――――が――――………
―――――遠のく―――――。





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翌朝。
目覚めた私は、布団の中で丸くなっていた。

もぞもぞ…と起きあがある。
隣には、リナさんとアメリアさんの姿は無い。
……先に食事に行ったのだろうか?


というより。
いやいや、重要なのはそんなことではない。
寝ぼけた頭をフル回転させる。

「…昨日のは――――…夢?」
「夢じゃありませんよ。おはようございます、カナさん。」
「わあああ!ゼッ…ゼロスッ……」

しゅんっと音をさせて、私の前に現れたゼロス。
おっと…!私は肌蹴た浴衣の裾を手繰り寄せ、前を隠す。
――――ほんとに、着なれないな…これ…。

「昨夜は随分と無茶をしたみたいですねぇ。」
「あー…まぁ…。ん…ゼロスが助けてくれたの?」
「ええ、まぁ。」
「ありがとう…。あ…リューダルは?」
「さあ?」
「さあ……って…」

うつむいた彼の表情は見えない。
でも何処となく怒っているように見えるのは…私の気のせい?

「ちょ…ちょっと…。ゼロス?おーい、ゼロスさん?」
「………。」

ぷいと背中を向ける彼。
や、やっぱ怒ってる…。
――――いったい、どーしたと言うんだ…。

「も、もしかして、リューダル取り逃がしちゃったんでしょ…
ご、ごめんね?私が何とか出来てればよかったんだけど…。」
「…そんなことじゃありません。」
「―――…じゃあなんなのよー…」

くるりと振り向き、彼の紫の瞳が私を捕えた。
いつになく真剣な表情で。
私を射るように見つめる。

「―――な、なに?」
「…カナさんは無茶し過ぎなんですよ。
―――僕が来た時…貴女は窒息死する寸前でした。」
「―――…」

そういえば。
リューダルに首を絞められたあと。
意識は暗転して―――――――――…。

ああ、あの後すぐ、ゼロスに助けられた…のか…。

「もっと…ご自分の身の安全を考えてください―――…。」
「ご…ごめん…」

彼の真剣な面持ちに、いつもの様に皮肉など返せるはずもなく。
私は素直に謝ることにした。


―――――ゼロスの右手が、私の首に触れる。
その手はゆるゆると頬に出来た傷へと向かい、
ゆっくりと、撫でられる。

「――――これを―――…」
「え?」
「この印を…リューダルさんが付けたと思うと…
――――…非常に不愉快です―――――――――」


――――――――ぞくっ…

彼のその冷たい目つきに、私の背中を冷たいものが走る。
いつもの彼とは違う、暗い、黒い、深い、雰囲気…。

「…ゼロ、ス…?……痛っ!!!」

やわらかに撫でられていたその手が、突如力を込める。
がり、と爪を立てられ、
傷口から鮮血が滲む。
頬を伝った血液は、しずくとなり、
白いシーツを汚す。

「ちょっ…痛い!ゼロスっ!!」
「…すみません。」
「ど……どうしちゃった、の…?」
「―――――さあ…――僕にもわかりません」

ゼロスは私の血液が付いた左手を眺めると、自嘲気味に笑った。

「約束、してください。もう、無茶な真似はしないと。」
「…ん…ありがと。心配かけちゃったんだよね…。ごめんね。」
「――――わかっていただければ結構ですよ。それより其の気に入らない傷、治しましょう。」
「あ、ああ、ありがと。」

彼はたちまち私の頬から、傷を取り払った。
首に付けられた痣もだ。
これでリナさんたちに言及されずに済むと、心配をかけないで済むと。
…少しほっとした。


「リナさんたち、もう下なのかな?」
「ええ、ちょうどお食事中ですよ。」
「―――……なんだ…起こしてってくれればよかったのになぁ…。」
「僕が『疲れてるでしょうから』と起こさないで置いてもらったんですよ。
 ほら、二人きりでしたいお話もありましたし。」
「ふうん…。よし、じゃ私も食べてこようかな。
 あんましお腹空いてないけどね…。ゼロスも行く?」
「いえ、僕は遠慮します。どうぞごゆっくり。」

では、またあとで。そう言って神官は姿を消した。

その笑顔は、いつもと変わらない。


「…………なによ。」

何なのよ。
何を怒ってるのよ。
天邪鬼な魔族め。





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