私の住んでいた村から…約8日程かけて、目的地である街へと到着した。
私が同行したせいで相当のんびりとした進捗となったが、
その間にリューダルからの接触は一切なかった。

全員が、もう諦めたのか?と不安になる程、平穏な旅を送っていた。
…ほんとに。もう諦めてくれてたら嬉しいんだけど。

私たちのたどり着いた街は、大層賑わっていた。
―――…どうやら観光地だったらしく、レジャー施設や温泉などが
ずらり、と並ぶ。
私の村とは大違いの活気に、私の不安な気持ちも徐々に吹っ飛びつつあった。


――――――と。いうわけで。


カナさんはあんまりあの村から出たことが無いんだから、もっと
いろんな楽しい経験をするべきです!!
という女性陣の力強い勧めにより、この村随一の温泉宿へと宿泊することになった。
(男性陣はただの口実だろ…と言うが。)
目立つから嫌だ、といったゼルの希望は無残にも却下されたことは言うまでもない。


この街随一と言われる程の広大な温泉を心ゆくまで堪能して。
(リナさんとアメリアさんにありとあらゆるセクハラを受けた。)
風情ある浴衣を着ちゃったりなんかして。

部屋に戻った時には、男性陣が待ちくたびれたようにくつろいでいた。
「お前ら、風呂長いよ…。俺もう腹減っちゃってさぁ…。」
「ガウリイうるさいっ!」
「お前たちが戻ってきたら夕飯を持ってくるように言ってある。」


想像通り。
そのあとはただひたすらの食事戦争だった。
私とゼルとゼロスはいつもの如く、別テーブルに落ち着く。


「わー。いつも通りすごいですね。」
「何処に行っても変わらんな、あいつら。」
ゼルが「バカらしい」と言わんばかりに、横目で3人を見やる。
飛んできた骨付き肉を、かわしながら。

もぐもぐもぐ…………と。私たちは優雅に自分たち用に確保した食事を口へと運ぶ。
―――――ん――――!!!
さすが、人気の旅館なだけある!
す―――――――…ごく、おいしい!!

「カナさんはおいしそうな顔して食べますねぇ」

どこか呆れたような表情で、ゼロスが私の頬についていたらしいソースを指で拭った。
…やだ、恥ずかしい。こどもみたいじゃない…。
「じ…実際おいしいんだから、いいじゃない。
人間はこういうことで幸せ感じられるんだから。ねー、ゼル」
「ん?あ、ああ。
だがゼロスの言うとおり…お前さんの食い方は
食べ物がよりおいしそうに見えるな。」

―――ゼルまで…。
む、と口をとがらせると、なんだ、誉めてるんじゃないか。とゼルが笑った。

「ううう…もうおなかいっぱいです…。」
「ああ、アメリアさん。お帰りなさい」

よろよろと、アメリアさんが私たちのテーブルに避難してくる。
…さすがに、リナさんとガウリイさんの食事戦争に最後まで加わるのは
厳しいらしい。

おいしい食べ物をたくさん食べて、
広いお風呂に心行くまで浸かって。
大好きな人たちとたくさんのお話をして。
私が今まで知らなかった世界のいろんなお話を聞いて。

そんな幸せが。
私の、きっと求めていたであろう幸せが。



一転するのは――――…

その夜のこと―――――。



ん……んん…?

奇妙な違和感を覚えて、私は身を起こした。
辺りは薄暗く、夜が明けるのはまだまだ先のようだ。

隣で眠るアメリアさんとリナさんの寝顔をみて、
その微笑ましげな光景に思わず安心して笑みが零れる。
…まあ…
二人のねぞうと寝言は全くかわいいものではなかったが――――…。

―――…安心して眠れるなんて、いいことだよね。
心の中で再度おやすみを唱え、再び布団に倒れこもうとした、


――――――――――瞬間。


「――――――っ……!!!!」


私の頬を、何か…矢の様なものがかすめる。
驚いてその先をみると…其処に立っていたのは…リューダル。

頬から滴る血液をぐいと拭い、私は闇に潜む彼に目を凝らした。

「どーも、カナちゃん。」
「…女の子の寝込みを襲おうなんて…最低…。」
「ひっでぇな…。わざわざ来てあげたのにさぁ。」

リューダルはそう言って、クツクツと笑った。

「ああ、こんなところで騒ぎを起こすつもりはないから。そんな警戒しないでいーよ。」
「…どういうこと?あなた、私をさらいに来たんじゃないの?」
「まー、断られるだろうって覚悟はしてるから。――――あとは、実力行使…しかないだろ?
と、なればこんな宿屋の中で一戦は不可能な訳だ。
俺が今日来たのは…話し合い、ってところかな。」
「―――――……」

ちらりとリナさんたちを見やる。
彼女達ならすぐにでもリューダルの気配に気づきそうなものだが…。
…恐らく、彼が限りなく気配を殺しているせいだ。

とはいえ。これは、話を聞くチャンスである。
きっとリューダルを正面に捉え、私は口を開いた。

「…聞きたいことがあるの。」
「なに?それ答えたら俺に付いてきてくれるのかな?」
「…回答次第で考えてみるわ。 あなたは何のために、魔族を滅ぼそうとするの?
何のために……人を魔族を融合させようなんて思うの?」
「何のために?――――愚問だね、カナちゃん。
俺の目的は、人類の繁栄。何物にも侵されることなく、脅えることなく、安心して暮らせる。
その為に魔族の力を手に入れておけば―――…絶対的な強さを持つことができる。ほら、これで人間は安心だ。」
「――――…安心?」
「そ。ほら、うまくいけば食事だってしなくてよくなる訳だし、眠くもならない訳だし。いいことずくめ。…だろ?」


彼はそう言って、ほほ笑んだ。

彼の瞳に、揺らぎは無い。


「…それが、あなたにとっての正義なのね。」
「…?」
「私は。人は人で在るからこそ、感じられる喜びがあると思うの。いや、むしろそっちの方が多いんじゃないかと
思うわ。」

「――――ふうん。じゃあ、僕の正義とカナちゃんの正義は違う訳だ。」
「―――――残念だけど。そうみたい、ね。」
「そう………じゃやっぱ協定は結んでもらえない…ってことかな?」
「そうね。―――――――――半魔半人ばかりになって…あなたみたいにトリッキーな奴が増えても困るし。」


私が言い放った瞬間、リューダルの姿が一瞬消えた。
そして現れたのは、私の目の前。

彼の大きな手が、私の首に掛けられていた。




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