「いい?術はただ唱えるだけじゃ駄目なのよ。その意味を
自分なりにきちんと理解しないとね。」

…次の日。
私はリナ先生指導の元、生まれて初めて魔導というもの学んだ。

もちろん、万が一ひとりのときに何者かに狙われても
少しは抵抗出来るように、の為だ。
練習しておくにこしたことは無い。

が。魔導というのはなかなか奥が深い。…だけあって、難しい。
私たち二人は、森の中でも開けた場所を選んで、今まさに初の術を
完成させようとしていたところだった。

―――――全ての力の源よ…輝き燃える赤き炎よ…、

体の前に合わせた掌の間から、温かな感触を感じる。

―――――我が手に集いて力となれ。

「ファイヤーボー…ルッ!!」

力ある言葉を解き放つと同時に。
手の中の熱は急速に集まってゆき、一筋の軌跡を残しながら私の手から離れて行った。

ずごごごごごごごがしゃぁあああああ!!

あんぐりと口をあけた私は、同じくあんぐりと口をあけたリナさんと、目があう。
――――――――…私の放ったファイヤーボールによって、
目の前の山が一つ、消えたのだ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「…お前もリナと同類だったとはな…。」

ゼルからの呆れとも憐れみともつかない視線が私にびしびし、と突き刺さった。
…い、痛ひ…。

「や、私だって山を一つ消すっていうつもりで放った訳じゃないのよ?
もっと小規模なものだと思っていたから…。…ごめんなさい。」
「や、本来はもっと小さい術なのよ?ただ、あんたの力が半端なく強かったってぇだけで…。」

そう言ってリナさんは苦笑い。
総出で消火活動をした後。
私たちは疲れ切った体を休める為、元の広場へと横になったところだった。

「だから、僕が何度も言ったじゃないですか。カナさんの力はすごいんですよ、って。」
何処からともなく現れたゼロス。
そういえば、今のごたごたの間は姿が見えなかったっけ…。

「お見事でしたねぇ、カナさん!このままいけば、カナさんもリナさんの様な「ドラまた」の称号を
もらえる日もそう遠くはありませんねぇ!」
「や、ごめん、其れは遠慮する。……っていうか、見てたなら消火手伝ってよ…。最低…。」
「そうですよゼロスさん、大変だったんですから〜。」
「いやあ、僕は上の方で応援させていただきました。」
「っきー!!ほんと使えないわね、ゴキブリ魔族!!」
「ほんとだよね、リナさん。ゼロス最低…。」
「あのー、カナさん?さっきから最低連呼しないでくださいね…。傷付いちゃいますので…。」

ゼロスは情けない声をだして、困り顔を私に向けた。

リナさんも、どさりと緑の絨毯に体を預け。
「暫くは、力の制御の練習をしてもらうしかないわね…。
ま、其れができるようになったら晴れて私の便利なアイテム5号、ってことで!」

そう言って、ウインクひとつ。からからと笑った。

「まぁ、すぐに戦力になりそうだな。」
「さすがはカナさん!…そういえば…あれから、リューダルさん姿を見せてないですねぇ…。」

ふと、思い出したようにアメリアさんが呟いた。
…そうなのだ。
もう打倒魔族なんてやーめた!飽ーきた!と、なっていてくれれば万々歳なのだが…。
――――いや、其れは無いか。

「まぁ、私たちはリューダルさんの住処もわからないわけだし。…出てきたところを
仕留めるしかないよね。あとは、次の街で情報収集…。」
「カナの言うとおりね。ま、カナを娶ろうと思ってるリューダルの奴は、必ず私たちの
前に姿を現すはずよ。それまでに、必要な情報や準備をきっちりしておきましょ。」
「おう、そうだな!……ところで、ゼロスー。何見てるんだ?」

ふと、ガウリイさんがゼロスの手元を覗きこむ。
ゼロスが手にしているのは、…パンフレットのようなもの。
「なんと次の街は観光地の様ですよ?このあたりで一番の旅館があるそうです。」
「ちょっとゼロス!!あんたのへっぽこな仕事ぶりで私たちがリューダルの居場所を探さなきゃ
いけなくなってるってぇのに!カナが囮になってるってぇのに!…自分は観光なわけ!?」
「そうですゼロスさん!!自分だけ楽しようなんて、間違ってます!!」
「いやあ〜、たまには息抜きでも、と」

おちゃめに笑顔でごまかそうとする魔族に、リナさんの殺気が突き刺さる。
負の感情は魔族の糧になるというが…これは怒らずにはいられないだろう。
―――…無論、私も同じ気持ちである。


はぁ、と小さく溜息をつくと、隣でゼルが嘲笑する。
「どうした。いい加減馬鹿らしくなったか?」
「ん、ちょっとね。」
私ははは、と笑って、ゼロスを追いかけまわしているリナさんとアメリアさんに眼をやった。
雲ひとつない青空。新緑の絨毯。そこに寝そべる、金髪美青年(ガウリイのことである)。

――――…この風景はとことん平和なのになぁ。
と、そりゃぁ溜息もつきたくなるというものである。

「まぁ、あれだ。お前さんの―――…ぐぉぅっ!!」
ゼルの言葉が、何処からともなく飛んできた岩のかたまりに遮られる。
ゼロス達の争いの流れ弾だろう。
それが、ゼルの後頭部に直撃した。

「っ…なっ、なんだ…?…」
ゼル本人は、何が起きたか分からずに、その場にうずくまる。
―――…ああ〜…相当痛かったんだろうなぁ…。
恐らく、彼が合成人間でなければ死んでいただろう。

「ゼル、だ、大丈夫?」
「…あ、ああ…。くそ、あいつら…」
「よかった。…そ、それにしても…ふふ、今の、ふふふ、ゼルのかおっ…!」

私は堪らず吹き出した。
普段はクールな彼が、びっくりした時のリアクションといったら…!
め、目が飛び出してしまうかと思ったほどだ。
「ふふ、ふふふ…あははは!ご、ごめっ…」
「わ、笑うなっ!どんだけ痛かったとおもってるんだ!」
「ご、ごめんって…あははは…はー…おなかいたいー…ふふふっ」

拗ねた顔を見せるゼルの肩をぽんぽんと叩き、ごめんと謝る。
ともすれば吹き出してしまうのを必死で抑えた。
が、ツボにはまってしまった私の笑みは止まらない。
そんな私の様子を見て、ゼルの拗ねた表情も笑顔へと変わった。



次の街まであと少し。
今はどうか、この平穏な日々を。




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