「じゃぁ、ゼロス。この件とは関係無しに…貴方達魔族が私を仲間にしたがってる
っていうのは…。」
「そうですねぇ。ま、…その話は追々。
僕たちとしては、貴方がリューダルさんの仲間にさえ付かなければとりあえず問題ありませんので。」


…ふむ。

――――ゼロスから聞いている限りでは…私には結構な力があるようだ。
魔導には詳しくないが、キャパシティというのだと、教えられた。


一通り話も済み、私たち一行は明日のことも考えて早めに休むことにした。
ガウリイさんとゼルが交代で見張りをしてくれることになり、女子3人は
簡易的なテントの中へと入り込む。

「うう、今日も疲れたわね〜。」
リナさんがマントを外し、ぐぐ…と伸びをする。
「カナさんは大丈夫ですか?旅慣れしていないと大変ですよね。」
「うん、大変!でも、すごく楽しいわ。…私、あの村から出たこと、なかったから…。」
私の言葉にアメリアさんはにこりと笑顔を見せ、私も楽しいです!と答えた。

軽い雑談を交わした後、テントは静まりかえる。
二人の心地よい寝息と、虫の鳴く音だけが聞こえていた。

―――――駄目だ…。眠れない…。
今日、いろいろな、事があったからだろうか?
むくりと体を起こし、二人を起こさないようにそっと…テントの外へでた。

外の空気は、澄んでいた。
マントを持ってくればよかった…と後悔したが…二人を起こすわけにはいかないので我慢する。
周りの林が大きな闇となって、ざわざわと蠢く姿に、多少の恐怖を覚える。

テントの前の焚火には、ゼルが腰かけていた。

「ゼル。見張り、御苦労さま。」
「…ああ、気にするな。……どうした。眠れないのか?」
「…ん。」
「動物を一匹、二匹…と頭の中でゆっくり数えて行くと、すぐ眠れるらしい。」
「…ふふ、何、それ。」
「ふ…さあ。何だろうな。」

パチパチと音を立てる炎が、ゼルの横顔を赤く照らす。
静かな笑みを湛えていた。

私は冷える両手を焚火へと向けた。
―――じんわりと温かい空気が、まるで凍っていた手を溶かしていくようだ。

「ちょっと、星でも見に行こうかと思って。」
「…ああ、今日の星は綺麗だからな。…だが、あんまり遠くに行くと…」
「大丈夫よ。すぐそこまで行くだけだから。
――――……ちょっと…考えごとしたいことも、あって、ね。」

ゼルの心配を無下にしないよう、やんわり言うと、彼も察してくれたのか
あまり遅くなるなよ、と炎を見つめたまま呟いた。口元にはうっすら笑みを浮かべ、
「しかたないな」といった風に。
まるで一人娘を持つお父さんみたい、と思った。
いや…やはり、ゼルは私のお兄ちゃんに…
―――――――…とても似ている。


私は少し離れた丘の上まで行き、頭上に広がる星を見上げた。
…手が届きそう、とはこのことだ。
草むらに腰かけて、手を伸ばす。
もしかしたら、ほんとにとどくんじゃないか?という錯覚を起こす。

―――が。
やはり私の掌は虚空を掴み。
代わりにぱしり、と私の手首をつかんだのは

「ゼロス…」
「こんばんは、カナさん。」

辺りの闇に溶けてしまいそうな、漆黒の神官服。
マントを風に遊ばせて佇むのは
ゼロスだった。

「眠れないんですか?」
「ん。…ちょっとね。考えごとが、あって。」
「動物を順にゆっくり数えていくと、自然と眠りに付けるそうですよ。」
「…ははっ…だから、なぁに?それ。今日その情報を得たの、2回目よ。」
「2回目?」
「ん。ついさっき、ゼルから。」

へぇ…、と小さく呟くと、彼も私の横へと腰かけた。

私の目線より少し高い彼の横顔は、とても綺麗で―――…。
危うく見とれそうになってしまって、私はあわてて視線をそらす。

「どうしました?」
「なんでもない。ちょっと、ゼロスの美しさが羨ましくなっただけ。」

照れ隠しに、そう返す。…まぁ、嘘は付いていない。

「僕はカナさんの方がよっぽどお美しいと思いますけど。」

――――…はい?
ゼロスの発言に、私は目を点にしてしまう。
…人間であれば相当の覚悟がいるような恥ずかしい台詞を吐いておいて、
しかし彼の笑顔はいつもの飄々としたものだった。

「さすがは魔族…伊達に長生きしてるわけじゃないのね…。そのすけこましっぷり…半端じゃない」
「いや、僕は本心から言っているだけで…。別に女性を口説き慣れてるとかそんなことは
一切……あぁっ、信じて下さいよ〜…。」

私のいかにも「嘘ばっかり付きやがってこのやろう」の目に、
ゼロスは焦って両手を振った。
その様子を見て、私はついつい吹き出してしまう。


…――――――彼は、魔族。

そうはわかっていても…こうしてゼロスと話している時間が、とても大切なものに思える。
互いのメリットや、裏に潜む事実やいろいろなものを排除して、ただ単に、「楽しい」と。

「ゼロス。あのね。こんなこと魔族に言うのもどうなんだろうと、思うんだけど。」
「はい?」
「いつもはゼロスのことを信用できないとか、胡散臭いとか、思ってるんだけどね。」
「そ、そーだったんですか?」
「うん。でもね、最近は心から思うの。」


―――私、ゼロスにあえて良かったって。

確かにそこはかとなく面倒ではあるんだけど。
あなたに会っていなければ、リナさん達とも出会えなかったし、こうして旅に出てもいなかった。
あと、なにより。
誰かと一緒にご飯を食べることの喜びを、思い出せなかったし。
斜に構えていた私を真っ直ぐに直したのは…ゼロスのおかげでもあるの。

そう言ってにこりとほほ笑むと、彼の顔は驚きの表情を見せていた。
…おお、珍しい。
ひゅうと風が私たちの間を通り抜ける。
彼は驚きを、なんとか笑顔に変えて。

「それはそれは、光栄です。まさか、魔族の僕と一緒に居て”喜び”を感じていただけるとは。」
「…ふふ、確かに、へんね。――――…もしかしたら、私の幸せオーラでゼロスを滅ぼすことも
できるかもしれない。」
私がはた、と真顔になって言うと、彼はふるふると首を横に振った。
「え、遠慮しておきます。カナさんなら本当できてしまいそうですからね。」
紫色の髪が、さらさらと風に靡く。

黒い神官服を身に纏っているせいか?
―――それとも、彼の雰囲気がそうさせるのか…。
私は、今にもゼロスが闇と同化して消えてしまいそうだな…とぼんやり思う。


ゼロスのマントの裾をきゅ、と掴むと、
彼は優しい笑顔で「どうしました?」と。私に向けて上から視線を投げかける。



星を眺めながら、二人きり。
きっとこういうのを恋人同士はするのだろう。

――――…魔族と恋人同士って…。馬鹿らしい。
心の中で自分自身に悪態をついて

「なんでもない」

彼の眼を見ずに、そう答えた。




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