「カナさんがその力を手に入れた研究所は…いろいろとよからぬことをしていましてねぇ。」
「……よからぬこと…って?」
「まぁ、対魔族用にすごい力を持った人間を量産したり…です。カナさんのように、ね。」

ふうん…。いまいちぴんとこないが…そうか、私は対魔族用だったのか…。

「先程いらっしゃいましたリューダルという方は…その研究所で”造られた”者です。
力だけを与えられたカナさんとは違い…彼は完全に魔族と同化しています。」
カナさんのほうが与えられた力は強いんですけどね、と付け加えた。

「で?リューダルって奴は一体何でカナを勧誘しに?何をたくらんでるってわけ?」
「…はぁ…それがですねぇ…。」
ゼロスはポリポリと頬を掻きながら続けた。
「どうやら、彼にはある目的があるようで。―――…彼は、施設の目的どおり、
魔族を…滅ぼそうとしています。」

魔族を滅ぼす…?ということは、あのいけすかないリューダルさんて奴は
―――――――人間側の……味方?

私とおんなじことを思ったのか、
「なんだ…なら私たちはリューダルさんの味方をしたほうがいいってことになりますね…。」
とアメリアさんが呟いた。
「ええ、本来ならそうでしょう。しかし…。」

ゼロスは含みのある笑みを私に向けて、もったいぶるように言った。

「…リューダルさんはカナさんの力を得て僕たちを滅ぼしに掛かっています。
まぁ、自分にそれ程の力が無いことは自覚していらっしゃるみたいですね。」
「…つまり…リューダルさんは私に協力依頼をしに来たってこと?」
「ええ。協力、というよりは融合、ですね」
「…融合…。」


喉がからからに乾いていた。
融合―――――?
それってつまり。
私は彼に取り込まれるということか。

「まぁまぁ。本題はここからです。
彼は圧倒的な力を以て魔族を滅し、そして…
――――ゆくゆくは人間をも支配つもりなんです。」

「…魔族も、人も―――…?」
「彼の目論見では、自分がされたように人間と魔族の融合体を造るつもりなんです。
そして、この世界は魔族も人もいなくなり……半魔半人の世界となる。」
「そ…そんな…。」
「リューダルさんは魔族と人類、共通の敵と言うわけです。」

―――――――――…。

「ふぅん…。なるほど…ね。」
暫しの沈黙を破り、リナさんが言う。その表情は、笑み。
しかしその額には、冷や汗が浮かんでいた。

―――――……いやいやいや…。
なんだかよくわからん実験のせいで…こちらとしてはとんだ迷惑である。

「というわけで、魔族とリューダルさんの間でカナさん争奪戦が巻き起こっている訳です。」
「そんな…私の知らないところで勝手にやらないで欲しいわね…。」
ゼロスはいかにも楽しそうに言う。
―――…いや、私としては笑いごとじゃぁないんだけど…。


「それでカナさんを勧誘に来ていたところ、予期せぬ出来事が二つ起こったわけです。」
「…ふたつ?」
「ええ。ひとつはカナさんがリナさんたちと偶然にも出会ってしまったこと。
もうひとつは、リューダルさんのお出ましがこちらの予想より少し早かったこと、です。
カナさんとリューダルさんが出逢うのは、リナさんたちにこのお話をした後…という目論見でしたので。」

全員が、一言も発しない。
唯、炎のはじける音が辺りに響いた。
その沈黙を破るように、ゼロスは続ける。

「カナさんをあらかじめ魔族にスカウトして、断られれば始末してしまうつもりでした。強い力が欲しいのは
事実でしたが…リューダルさんに利用させるよりはマシということで。しかし。そこで、予想外の出来事が起きたわけです。」
「幸か不幸か、俺たちと出会ってしまった…という訳か…。」
「ええ。でもそれで、カナさんがリューダルさんに付く…という最悪の結果は免れそうな訳です。」
「…なんで…私がリューダルさんにつかないと言い切れるの?」
「そりゃぁ。リナさん達と出逢う前のカナさんは随分とこの世に対して斜に構えていましたからねぇ。
どうにでもなれ!とか言って、リューダルさんの仲間に付いちゃってもおかしくない感じだったじゃないですか。」

―――…た、確かに一人で暮らしていたときは私はこの世に必要なのか…?という疑問が常に頭をちらついていた。
が!なんでそんなことゼロスが知ってるんだ!
そもそも。この世界をどうにかしようなんて考えたこと…一度もない。
無言のじと目で彼を見やると、彼は気まずそうに後ろ頭を掻いた。

「ま、まぁそんな訳で、僕は獣王様からリューダルさんの始末を命じられてるんです。
…で、ひとつ問題が起きたわけです。」
「…問題?何?」
「それがですねぇ…。カナさんとリューダルさんの産まれた研究所は片づけておいたんですけど…
その後リューダルさんの行方がつかめなくなってしまったんですよ…。」
「…なるほどな。それで、カナをダシにリューダルをおびき寄せようと考えた訳か。」

フン、と鼻を鳴らして、いかにも気に食わないという態度を示すゼル。
―――…つまり。私は餌という訳か。

「ええ。カナさんを餌におびき寄せられたリューダルさんは、カナさんを守るリナさんたちの手によって葬られる…
という寸法です。僕たち魔族としても、彼のような危険因子は確実に処分しておきたいですからねぇ。」
「…直接ゼロスが手を下せばいいじゃない。一瞬でしょ?」
「そうはいきませんよ。リナさんたちに面倒事はお任せしたほうがこちらの被害も少なくて済みますし…
―――…なにより、面白そうじゃないですか。」

にこり!と笑って、無茶苦茶な理由を並べるゼロス。

「ふざけるな!何故俺たちがお前のいいなりにならなきゃいけないんだ!」

ゼルが声を荒げる。
怒るのは当然でしょう。
ゼロスが言ってるのは「めんどうだからついでに片付けといて」ということだ。
もしかしたら、彼にとってリューダルを倒すのが思いのほか骨の折れることなのかも、しれない。

「おや、いいんですか?あなたたちがやらなければ、人間は滅んで半魔半人ばかりの世界になってしまうかもしれない
んですよ?それに。―――カナさんはどうなってもいいんですかねぇ?」
「…!!くっ…!!」
図星を突かれたゼルは、苦々しげに声をあげた。

「まーまーゼル。あんたの気持ちはよくわかるわ。
―――――ゼロス。つまり。私たちはカナを攫われないように、現れたリューダルを倒せばいいってことね。
またあんたの手の上で踊らされるのは癪だけど…どうやらそれしか道はないみたいじゃない。」


不敵な笑みを彼に向け、ぐ、とリナさんが握りこぶしを作る。
アメリアさんも、しっかりと頷いてくれる。


―――――――――でも―――…。

リナさんたちは、私と知り合ってしまったことで……こんな目にあってるんじゃないか。


「あのっ!」
私はストップをかけた。
全員がきょとん顔でこちらを向く。
「ゼロス――――話はだいたいわかりました。ねぇ、みんな。
私が―――…。私が今ここで死ねば…全て丸く収まるんじゃないのかな――――――…。」


私の一言に、全員が固まる。
ただ一人ゼロスは、人間らしい…自己犠牲を選ぶんですか?と言って、呆れたような笑みを浮かべた。
私はきっ、とゼロスを睨みつける。

「カナ…本気でそれ言ってるの?」
「………」

リナさんの強い問いに、私は答えることが出来ない。

――――――――確かに。先程ゼロスが言った通り…私は死ぬのが怖くなっている。
こんなに、人のぬくもりが温かいものだったと。
教えてくれたのはリナさんたち。
…その恩人を…危険な目にまで合わせて…私は生きていていいの――――?

「でも!やっぱり私の我儘のせいでみんなを巻き込むことはできないっ…」
「カナさん、待って下さい!生きたいと思うのは我儘なんかじゃないですよ!」
「…っ…でもっ…!」

――――…ふむ。
あまり状況をわかっていないようなガウリイさん。
薪の火でこんがりと焼けた魚をぱくつきつつ、言った。
「なんだかよくわからんが…カナも世界も危ないんだろ?じゃぁそれを知っちまった俺らがあいつを止めるしかないじゃないか。」
と、当たり前のように言った。

全員がきょとん顔で彼を見つめるが、ガウリイさん本人はさして気にする様子もなく…。
みんな食わんのか?と嬉々としてもう一匹魚を手に取った。


「――――…。ガウリイの言うとおりよ。あいにく。困ってる人を見捨てるような人間じゃないの。私たち。」
ガウリイさんの言葉に励まされたかのように、リナさんがウインク一つ。
「―――でも…」

そんな私の頭に、ぽす、と手が置かれた。
見上げれば、いつもと変わらないガウリイさんの、笑顔。

「なーに言ってんだ。お前さんはもう俺たちの仲間なんだろ?頼っていいんだぜ?」
「そうです!みずくさいですよ、カナさん!」
「そうそう。もっとも…カナが死ぬ必要なんてないわ。
あんたはリューダルの仲間にも魔族にもさせない。」

「みなさん…」

「お前さんは俺たちを巻き込んでしまった…と気負ってるかもしれんが…それは違う。」
「…え?ゼル…それってどういう…」
「いっつも、トラブルのほうからリナのところにやってくるんだ。カナと出逢っていようといなかろうと…
俺たちはこの件と関わり合うことになってただろうよ。」

冗談めかしてそう言ったゼルに、リナさんの鉄拳が飛ぶ。
アメリアさんとガウリイさんは私に向かって深く深く頷いていた。


「どうやら。話はまとまったみたいですね。」
まるで他人事のように傍観を務めていたゼロスが立ち上がる。
溜息混じりで、どこか待ちくたびれた…といった雰囲気が漂っていた。

「私たちはカナも世界も守るわ。たとえそれが魔族に利用されてるってわかってても。」
「もちろんだ。仲間を守るほうが優先だろう!!」


――――――仲間。
みんながそう言ってくれたのが、嬉しくって。


――――――――私は笑顔で頷いた。
…ありがとう、と。



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