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「着いたっちょ」
「此処が…」
「ようこそ日本へ!」
陸地についた一行は船から降りると頭からマントを羽織りちょめ助の案内で星の模様がかけられた大きな鳥居を潜った。
その先の石段にも無数の鳥居が続いている。
「日本国はもう三百年近く他国との貿易、干渉を一切拒絶した『閉ざされた国』として東の果てに存在してきた。
『誰も入れず、誰も出て来れない』…と。
考えてみればうってつけの隠れ家だ。
おそらく三百年の歴史の裏には伯爵が潜んでいたのではないか?」
「そうだっちょ。
伯爵様は日本を拠点に世界へ魔導式ボディを送り出してたんだっちょ。
日本人口の9割はオイラ達アクマで、国の政は全て伯爵様が行なってるんだっちょ」
転換し着物を着た人間の女性の姿となったちょめ助がブックマンの問いに答える。
「…なぁヨリ、大丈夫さ?」
「……ん、ありがとう」
他の者よりも若干呼吸を乱しながら真っ青な顔で歩き続けるヨリにラビが気を遣わしげに問いかけると慌てて笑みを向ける。
その笑みも何処か辛そうなものだった。
初めこそアニタ達が船と共に沈んでしまったのが堪えているのかと思っていたのだが、どうやらそれだけでは無さそうだとラビは目を細める。
「(ずっと胸押さえてる……苦しいのか…?)
なぁヨリ…キツかったら、」
「大、丈夫」
「ヨリ、」
「大丈夫だから…体力温存してて、ね?」
微苦笑したヨリは少し足を早めて歩き出し心配そうにこちらを見つめるちょめ助を抜いて先を歩いた。
イノセンスが埋まっているであろう背中と連動しているように、呼吸をすればする程心臓が痛い。
ちりちりと込み上がって来る鉄の味を無理矢理呑み込む度にその胸の痛みを助長しているようだった。
これからアクマやノアと遭遇する可能性も否定出来無い、そうなれば悠長な事も言っていられないのに。
「サチコ…」
「!川村!」
知らない声にハッと考え込んでいた意識を浮上させれば尼のような女性がヨリの数メートル前に立っていた。
思案していたとはいえ此処まで近付いても自分が気付かないとは、と小さく舌打ちして臨戦態勢を取ると後ろから嬉しそうなちょめ助がその尼に駆け寄っていく。
「サチコって…」
「オイラのボディ名だっちょ!
アレは仲間の『川村』、同じマリアンの改造アクマだっちょ!
迎えに来てくれたっちょか川村!
助かったっちょーv
オイラもそろそろヤバくなって来てて…」
尼姿の改造アクマこと川村に駆け寄って嬉しそうに話しかけるちょめ助に川村はブルブルと震える。
様子がおかしいのは一目瞭然だった。
「ちょめ…離れて……」
「!!
ヨリ様下がるっちょ!!」
「ちょめ助!?」
「隠れろっちょ!!」
「え?」
「アクマが来る、はやく!!」
ヨリが呟いた瞬間、川村の首が弾け元のアクマの頭が飛び出し後ろに蜘蛛の巣のような物が顕になった。
ちょめ助は慌てて下がるとヨリの手を取って驚くラビ達と共に物陰へ押し込み、自分も身を潜めるとガタガタと震えながら川村のいる方角を見つめる。
ザッ、ザッ…と足音が近付き姿を現したのは3体のレベル3のアクマだった。
「っ……レベル3…!」
「3体も…!」
「こっ、呼吸をするな気付かれる!
けけ気配を出来るだけ消すっちょ!!」
一同が驚愕して小声で話す中、ちょめ助の指示で出来るだけ気配を殺した。
尋常じゃないちょめ助の怯えにヨリはちょめ助の手を握ってやる。
「っヨリ様ぁ…………」
「おい、どういう事さ?
あの川村ってアクマは…?」
「…川村はお前らを迎えに来たんだっちょ。
でも3体の3(スリー)に捕まったんだ、もうダメだっちょ」
「捕まった?アクマ同士で何で…」
「っ!!」
ギリギリ聞き取れる程度に声を潜めラビの問いにちょめ助が答えていると、異音に気付いたヨリはゆっくり川村とレベル3の方へ視線を移した。
ガブッ…バキッ、ぐちゃ、ブツッ…
「!!?」
突然川村に食らいつき始めた3体を見て息を呑むと、顔色を更に悪くさせ視線を外せなくなったヨリの頭を無理矢理自分の胸に引き寄せたラビが視界を奪う。
「えっ…?」
「っ見んな…!」
「食う為だっちょ…
地区内でアクマの密度が異常に濃いとこういう現象が起こるんだっちょ。
殺人衝動を抑える為に他のアクマを吸収し能力を奪う………
オイラレベル2だから敵わないっちょー…」
「だから…共、食い…」
「日本では人もアクマも関係無い…強い存在だけが生き残れるんだっちょ」
奥から聴こえる生々しい咀嚼音に耳を塞ぎたくなる気持ちになりながら、食事を終えレベル3が去るのをただ待った。
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ーーーーーー
「うぇ…吐きそうさ、気分悪ィ…」
「……大丈夫……?」
「ヨリは大丈夫さ…?」
「あたしは…貴方が庇って、くれたから」
「ん、大丈夫なら良いんさ」
レベル3達が去った後再び歩き出すと申し訳なさげに隣を歩くラビを見つめるヨリにラビは苦笑を溢して思案する。
隣を歩いているにも関わらず何とも言えない距離が2人の間にあり、意識的なのか無意識的なのかヨリが若干距離を取っているのだろうと何となく理解した。
自分だけではない、リナリーに対してもクロウリーに対しても、ミランダにしても。
こちらから来れば距離を縮める事は出来るが、彼女はこんな不自然な距離を空ける事は今まで無かった。
唯一その理由を知っていそうなちょめ助は口止めをされ、師は特に何も言わず、何でも知っていたい彼女の事で知らない事がある自分に複雑な思いが取り巻く。
「…………」
「アクマ同士で共食いし合ってるなんてな…」
「これは…食われたアクマの死骸か…!?」
少し離れた場所にある機械の残骸に一行が言葉を失う。
調子の悪いヨリと同調するかのように生き残った水夫におぶさっているリナリーも顔色を悪くさせた。
気を遣う水夫(チャオジー・ハンというらしい)とリナリーの会話をぼんやりしながら聞き流す。
ズキッ!!!
「っ!!!」
「げちょ…っ!!」
鋭利な物で脳裏を突かれるような鋭い痛みが走り、ヨリとちょめ助が頭を抱えて崩折れた。
ブックマンとハッと目を見開いたラビがヨリに、近くにいたミランダがちょめ助に駆け寄る。
「ヨリ!?
どうしたんさサチコも!?」
「い…った…………!!」
「コンニャロ、ちょめ助でいいって言ってんだろ……
は、伯爵様からの送信っちょ!!」
「伯爵から!?」
「私達の侵入がバレたの?」
「い、いやそうじゃないと思うっちょ」
片手で頭を、もう片手で胸を押さえ倒れそうなヨリの背に手を回して支えたラビはブックマンがヨリの容態を診ているのを側で見つめた。
「…じじい、ヨリは…!」
「黙っておれ。
ゼロ、照らしてくれるか」
ラビの問いかけにぴしゃりと言い退けると静かに側を飛んでいるゼロに指示し瞼を押し上げたヨリの目に一筋の小さな光を放つゼロを向ける。
瞳孔の動きを見ているようだ。
「メチャメチャデカイ送信っちょ…
制御がきかな……アカン、頭がグラグラしてキタ…
オイラ誰?ここドコ?」
「しっかりしろちょめ助ー!!」
「…この送信は……伯爵様が日本全てのアクマを呼び集めようとしてるっちょ!!」
額にペンタクルの浮かんだちょめ助がだらだらと冷や汗をかきながら叫ぶ。
ちょめ助は横目でちらりとヨリを見て表情を歪めた。
「っ……“今の”ヨリ様は無防備なんだっちょ……」
「無防備…?」
「マリアンから、聞いたっちょ………“今の状態”のヨリ様は…伯爵様や他のノア様からの影響を受けやすい…!
ヴァルキリー様…乙女であるヨリ様は“特別”なんだっちょ…、オイラ達のようなアクマじゃないから伯爵様達の命令を聞くとかじゃないっちょけど……“今の”ヨリ様にとって、」
「ちょめ!!!」
送信に抵抗しているのだろう、苦しそうな顔をしながらヨリの話をするちょめ助の言葉をヨリが遮る。
「で、でもぅ……!」
「良いから…っ」
「ヨリ!」
自力で身体を起こしたヨリが息を切らせながらちょめ助を睨む。
「言わなくていい…!」
「でも…それじゃあ、ヨリ様が苦しいだけだっちょよう…!」
「お願いだから、まだ、言わないで…っ
もう少しだけ……!」
「(ヨリっ…?)」
「ヨリ嬢………」
「ヨリ…?」
ちょめ助を睨んでいた視線に鋭さはなく、悲痛なものだった。
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