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「……、………………」
窓から差し込んだ朝日に重い瞼を開ける。
その眩しさに目を細めて覚醒し切らない意識のままゆっくり首を巡らせると隣には昨夜愛し合った白金の髪の彼女が自分と一緒にシーツ一枚に包まりすやすやと無防備に眠っていた。
自分は聖女様とたまに呼んでいるが、彼女のイノセンスが純白の翼というのも後押しし、普段の笑顔は贔屓目無しで間違い無く天使だ。
ましてや彼女の寝顔や夜の顔が自分しか知らない天使の表情だと思うと、彼女と出逢ってから覚えた独占欲とも言える感情が顔を出し自分でも可笑しくてつい苦笑してしまう。
「(アンジュはオレが起きてんの気付いてそうだけど…まだ寝かしとくのかね、)」
確立した意思を持つ彼女のイノセンスだが、自分が起きているのに気付いていそうものだが彼女を起こす事はないらしい。
初めて(厳密には2度目)談話室で会った時は眠っている彼女を起こして自分が来たのを知らせたそうだが、この関係になってからは静かになったそう。
自分は分からないので彼女の話では、だが。
覚醒する事無く再び襲い来る睡魔に若干の抵抗をしつつ、彼女の顔に掛かる一束の白金をそっと除けてやる。
擽ったかったのかは定かではないが長い睫毛を震わせ瞼を持ち上げると隙間から綺麗な瞳を覗かせた。
「ん…ラビ…?」
「悪ぃ、起こした?」
「んー………」
「紅月?」
肌寒いのか、返事の代わりに懐に入ってきた紅月は微睡みの中柔らかく微笑を浮かべて透き通るような白く綺麗な手でラビの頬に触れた。
「好きよ…」
「珍しいさね、自分から言うの」
「ふふ…たまには、ね…?」
「オレも好きさ、紅月」
二人で笑い合って、お互いの唇が近付いたーーーー。
ーーーーーーーーー
ーーーーーーー
「ーーー…………………」
チュン、チュンと外で小鳥が囀っている。
ガバッ、と身体を起こしたラビは一瞬だけフル回転した思考をぴたりと暫く思考を停止させていた。
本日相部屋である師・ブックマンは昨日ファインダーの怪我の治療の為任務先に一人残り、自分は報告書を提出する為に深夜に帰還したが誰も居ない司令室に首を傾げつつ報告書を提出を置いて来た直後自分を襲って来た疲労と睡魔に耐え切れずそのまま部屋に帰り寝落ちしたまでは覚えている。
ゆっくりと下を向き、恐る恐る羽織っていたシーツも念の為に捲るがちゃんと衣服は身に着けていた。
視線は前に向けたまま片手で恐る恐る隣に触れる。
つん、と指先が何かに触れた。
「わぁぁぁあっごめんさ!!ごめんなさい!!」
ビクッと飛び上がり二段ベッドから落ち兼ねない勢いで端に寄ったラビだが、指先で触れたのがベッドの上に散らかっている分厚い本や資料達だと分かるとコホンと小さく咳払いして本と資料を退けた。
俯いて片手で顔を覆い身体の中心に集まりかけた熱を逃がすように深々と溜息をついて脱力する。
「(……なんつー夢を………)」
しかも夢の中の自分は現実の自分でも見た事も知っているようだったし触れた事のない場所も知っている風だった。
ましてや相手はあの紅月だ。
彼女を見掛けると不思議とつい目で追ってしまう事に気付いたのはいつだったか。
記録者として興味深いのは確かだが、何かこう、もっと違うような。
そう思っていたのも、それが確信に変わったのもつい最近だというのに。
現実の自分が知らない紅月を何故夢の中の自分が知っているのか悔しさと少しの嫉妬がぐるぐると渦巻く。
本音を言えば感じている悔しさは別の事に対してなのだが。
見られなかったシーツの下とか。
もう少しであの唇に触れていたとか。
「あらン!?おはよう紅月!
今日は早いじゃないの、何にする?」
「!!」
「おはよう、ジェリーちゃん。
今日はねぇ…」
ガヤガヤと賑わい始める食堂、ラビは注文口から聞こえた声にビクリと跳ね視線を滑らせた。
目が覚めたのは明け方だがいつも以上に紅月を意識してしまい、悶々として二度寝を貪る事も出来ずに気付けば2時間程経っていたので大人しく支度してぼんやり朝食を食べ始めた。
が、よりによって寝坊しがちな紅月が今日に限って早起きだと誰が知るだろうか。
入団当初から記録者という自分達の立場に辟易する事無く気に掛けてくれている白金の髪をした1つ上の美少女は自分に気付く事無く料理長であるジェリーに一見そのスタイルに見合わぬメニューの量を注文しつつ彼女(彼)と会話に花を咲かせている。
「ふふ、それでコムイくんったら班長にね…」
「あらやだ、いつもの事じゃないの…」
「それがね?班長も今回ばかりは対策を練ってたみたいで…」
途切れ途切れの会話に無意識に耳を傾けながら、ラビは楽しげに話す紅月を何となく見つめる。
…一応弁解しておくけど断じて盗み聞きではないさ。うん。
「(よく笑うなぁ…)」
コムイの妹であるリナリーもよく笑うし紅月とはまた違った美少女だ。
紅月とリナリーが並ぶと贔屓目無しでも華やかになる。
それでもついつい目で追ってしまうのはやはり紅月の方なのだが。
視線の先でころころと表情を変える紅月に目を離せないでいるとはた、と紅月がこちらへ振り返った。
「!」
ばちっ、と目が合う。
特に悪い事もしていないのだが今朝の夢の事もあり、“やべぇ見過ぎた?アンジュセンサー?”などと一人焦っていると口に含んでいたパンが喉に詰まり慌てて水を流し込んだ。
そんな焦りを知ってか知らずか、ふわりと笑う紅月がジェリーと別れ本日の朝食を乗せたカートを押してこちらへ向かってくる。
「おはようラビ。此処良いかしら?」
「お、おはようさ。…ドーゾ…」
「ふふ、詰まっていたものは飲み込めた?」
「へっ!?な…何の事さ?」
あくまでシラを切ろうとしたラビに紅月はきょとんとラビを見つめて白く細い指を顎に添えて首を傾げる。
「あら?此方ばかり見てるから振り返ったらパンでも詰まらせるんじゃない?、ってジェリーちゃんが」
「え?!いや、嘘だぁ…」
「うん、嘘」
「……嘘つくのはどの口さ紅月ー?」
「アンジュが言ったの」
「それも嘘だろ」
「ううん、これはホント。ずっと視線感じるって」
同じ手に引っ掛かるものかと思いながら“いただきまーす”と1皿目の魚介パスタを食し始めた紅月に切り返すとラビの予想に反した応えが返される。
「ぇ」
「ん………何か、食堂に……入ってから……やけに、視線…感じてた…みたいで……食堂、だし………敵ではないから…と、思って…たんだけど…」
「あー…うん、食べ終わってからで良いさ…」
「5分頂戴」
食べる事に集中したそうな彼女の言葉をストップさせる。
空けた手のひらで「5分」と伝えると同時にパスタの最後の一口を口内に放り、カートに乗せられた料理が盛り付けられた皿が空の皿と入れ替わった。
慣れもあるのだろうが、食事量やスピードに対して上品な食べ方は見惚れる物がある。
「(寄生型ってのも大変だよな…)」
口に出してしまうと5分で完食予定の彼女の邪魔をしかねない為心の中に留めておく。
見ているだけで満腹感を得られそうな光景とまだ見ていたい彼女の幸せそうな表情に若干視線を逸らしつつラビもぎこちない動きで冷めかけの食事を再開した。
ラビの食べきれなかった分も含めてきっちり5分で完食した紅月(余談だが変な意識を働かせたラビは手を付けてしまった食物だけきっちり食べた)はカラカラと空の皿を乗せたカートを片付けてラビと食堂を後にした。
そわそわと落ち着かない気持ちの中、若干紅月と間を開けたラビが口を開く。
「き…今日は任務入ってるんさ?」
「昨日戻る筈のリナリーと任務の予定だったけど、神田がその任務地と近いからリナリーと直接現地で合流して向かうんですって。
だから今日は緊急が無ければ非番よ。
ラビは?」
「あー…オレも似たようなもん。ジジィが戻って来たら次の任務さ。」
「あら、別々なんて珍しいじゃない」
「昨夜まで一緒だったぜ。
でも任務先のファインダーが大怪我しちまって身動き取れなくなっちまって、ジジィが治療する事になったからオレは報告書出しに先に戻って来たんさ。
っつっても2日くらいでは戻るらしいけど」
お互いに行き先を告げた訳ではないのだが自然と談話室に足を運びながら他愛無い会話をする。
「あ、そうそう。さっきの話ね」
「…おー、おう」
「どうかした?」
「なっ、何でもないさ」
「…そう?」
ラビの顔を覗き込むように紅月が一歩前に進む。
やけに夢の中の紅月が脳裏を焼き付いて離れないラビはバッて後ろに仰け反った。
「うぉっ!」
「…大丈夫?何か今日のラビ変よ?」
「だ、だだ大丈夫!いつも通りさ!!」
「?実はいつも変って事?」
「ちげぇ!」
すかさず返した返答にクスクスと紅月が笑う。
普段から彼女に調子を狂わされてばかりのラビだが、今回は夢の中でさえ紅月に狂わされているのだ。
何だこれ。
これが噂の惚れた弱みというヤツだろうか。
「そうそう。
食堂に入ってずっと視線を感じるってアンジュが言ってたんだけど、嫌な感じも無いし食堂だから敵でも無いだろうからって気にして無かったの。」
「(それはそれで複雑さ…)」
「でもアンジュが片目うさぎが見てるって言うからラビの事だと思って」
「え、ちょっと待てオレってアンジュからそう呼ばれてるんさ?」
「多分」
「訳してんの紅月だよな!?」
「アンジュから否定はされなかったわ」
「オレの名前はうさぎじゃないって前にも言ったさ!」
「ーーーー……………“うさぎで十分よ”、ですって」
「オレ泣いていい?」
人の疎らな談話室に入り紅月に席に座っているよう伝えてラビは簡易の給湯室で珈琲を入れる。
「どーも調子出ねぇ……夢のせいさ…」
記憶力の良い自分を恨みたい。
いや、やっぱ無し。忘れたらそれはそれで後悔しそう。いやする絶対。
珈琲がドリップされるのを待ちながら一人唸っているとバタバタと忙しない足音が談話室へと向かって来た。
バンッと破壊されかねない扉の開く音と共に給湯室から顔を覗かせれば焦った表情のリーバーが入室する。
「おはよう、班長。どうしたの?」
「あぁ紅月か、おはよう。
いきなりで悪いんだが、昨日の夜から今日の朝にかけて司令室入らなかったか?」
「司令室?私は入って無いわ。」
「そうか…いや、入ってないなら良いんだ。何でもない」
「オレ、昨夜報告書出しに入ったけど何かあったんさ?」
「ラビ!」
一度給湯室から出て首を傾げる。
ラビの言葉を聞いたリーバーは顔色を変えてラビに近付いた。
「何か変わった事無いか!?」
「へ?」
「どっか痛いとか、動物の耳生えたとか、何か身体におかしい事無かったか?!」
「??
い、いや別に痛いとこも無ぇし動物の耳も生えてねぇけど…」
「ねぇ、班長。何でもないようには見えないけど何かあったの?」
「そうか…。あー…実はな…」
頭を抱えたリーバーは申し訳なさげに事の端末を説明し始めた。
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