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「臨也、お見舞いに来たよ」

「紅月」








白く殺風景な個室にノック音が静かに響き、俺が唯一特別に想える彼女・紅月が花束と果物籠を持って笑顔で入ってきた。



花瓶に入っている花と持ってきた花を取り替えながら紅月は口を開く。







「今日は調子どう?」

「昨日と特に変わり無いよ。普通」

「良かった」








笑顔でベッドの縁に座った紅月は果物ナイフで綺麗に林檎の皮を剥き始めた。








「まさかあの臨也が病気になるなんてね」

「紅月は俺を何だと思ってるの?
俺だって人間なんだから病気くらいかかるよ」

「でも…何でドナーの見つかりづらい心臓を悪くしちゃうのさ、」








しゃりしゃりと剥けていく林檎の皮を見つめたまま、紅月は泣きそうな顔をしながら呟いた。




この前、見舞いに来た紅月が帰ったあと波江さんが珍しく見舞いに来た時に言っていた事を思い出す。




──貴方の彼女…紅月、と言ったかしら。


──さっき病室の前でずっと泣いていたわよ。


──この前だって、私に連絡してきてドナーを探してほしいって言ってきたわ


──あの様子だと毎日のように探しているんじゃないかしら







結局それだけ言い残して波江さんは帰っていった。


















暫くして林檎を切り分けながら紅月はまた口を開いた。








「入院してどれくらいだっけ?」

「そろそろ半年…かな?」

「まだ半年しか経ってないんだ…もう一年くらい経ってると思った」








紅月は皿に切り分けた林檎を乗せ、横にある水道で手を洗って同じ場所に戻ってきた。




そして俺の胸に優しく寄り掛かり抱きしめた。






「紅月?」

「こんなに温かいし、心臓だってちゃんと動いてて悪くなさそうなのに…」

「…紅月」

「ねぇ臨也……死なないで、」

「………」

「お願いだから…っ…私を置いて行かないで…」








何も言い返せないまま、俺は泣きじゃくる紅月を抱きしめ返す事しか出来なかった。








「…………」








人間が好きで、いろんな人間引っかけては弄んだりしたし、シズちゃんおちょくって罪着せたりろくな生き方しなかった。


別にこれが俺の生き方だから後悔や反省をするつもりはないし早死にしてもおかしくないとも、仕方ないとすら思っていた。




なのに。








「……たい」








泣き疲れて俺にもたれて眠っている紅月を撫でながら自嘲気味に呟いた。








「…生きたい、」








なんて。
君が居なきゃ…思わなかっただろうね。






死にたくはない。
生きたい。




君は俺にたくさん与えてくれたのに、俺はまだ君に何もしてあげれてない。

















「……ん、…?」







いつの間に寝たんだ。





起き上がろうとして手をつくと、紅月の体温と香りが微かに残っている気がした。








「…紅月…………?」





感じた胸騒ぎが













その時はまだ分からなかった。











ーーーーーーー
ーーーーーー






あれから運よくと言っていいのか、ぎりぎり適合するドナーが見つかったらしくて。


相手も承諾しているというのですぐ手術をして俺の寿命はわずかながら延びた。



最後に紅月に会ったのは手術する1時間前、三日前だった。
大抵は毎日来るけど、三日も来ないって事は仕事が忙しいのだろう。




普段来れない時は予め連絡があるけど、連絡が無いから余程忙しいのかもしれない。





そう思ってからふと疑問が沸いた。








「……何か、忘れてる…?」

















「おい」







いくつかの検査を済ませ、外を眺めて今日は来るだろうかとボーッとしていると何のノックもせずに入ってきたのは大嫌いなアイツ。

珍しく普段着ているバーテン服じゃなく、喪服のような黒いスーツ。







「…シズちゃん」

「その呼び方やめろ。
…生きてたんだな」

「残念だったねぇ、俺は手術が終わってこの通り元気だよ」

「……っ」








バンッ、と割れない程度でシズちゃんにしては弱くテーブルを叩いた。








「……俺は納得いかねぇ」

「まぁねぇ…俺が生きててシズちゃんが嬉しいわけ「違うっ!!」…は?」

「違う…っ…」








絞り出すような声でシズちゃんは呟いた。







「何で…お前が……」








そう呟いて、シズちゃんは俺に一枚の折り畳まれた紙を渡して荒々しく出て行った。


結局何が言いたくて来たのか分からないけど、シズちゃんは苦しそうな、泣きそうな顔をしていた。





…化け物でもそんな顔出来るんだ。





内心呟いて、俺は渡された紙を開いた。



そこに並べられた文字は間違いなく紅月の筆跡で。
何でシズちゃんが持っているのかはともかく俺はそれにすぐ目を通した。







────────
臨也へ
ごめんね、勝手な事して
ただ貴方を助けてあげたかった


多分ぎりぎり適合したから
臨也は生きられる



例え私が死んでも
臨也の為に死ねるのなら
それが私の幸福だから…

私の命で少しでも長生きしてね

私は貴方の中で生き続けるから
────────








「#名前#……?」







思い出した


紅月の仕事は俺の、情報屋の手伝いをしていた。
少しでも居られるように、と。



俺が入院してからは病院関係者になりすましてずっと俺の傍にいた。




だから俺の所に来れないわけがないんだ。








「何で…忘れてたんだ…っ」







何かが込み上げてくるのが分かって、行き場の無い気持ちを吐き出した。







「───────…っ!!」














退院してから、その足で紅月が俺と行きたがっていた海に来た。







「……紅月、俺と来たかったんでしょ?

季節外れなのにどうしても見たがってたから連れてきたんだから、感想くらい言っても良いんじゃない…?」








何の返事も来ないと分かりつつ、人気の無い海辺で波打つ海を見つめながら呟く。







──綺麗ね……。







「え…?」







聞き慣れた声が聞こえた気がして、後ろに振り返ろうとするが何かがそれを阻む。





──ずっと、笑っていてね…


「なら、…傍にいてよ」


──……ありがとう…臨也…


「それ……答えになってない…、んだけど…っ…?」







もう聞こえない声に問いながら、頬に冷たいものが伝うのが分かった。







君がそう願うのなら







(目を閉じて君を想えば)
(笑顔だって忘れないよね)







song:ザクロ型の憂鬱

ーーーー懺悔室ーーーー


前から書こうと
考えていたネタです。


ガゼットの"ザクロ型の憂鬱"の歌詞を元にしました。


────────
泣いて泣いて泣き止んだら
笑顔のままでいよう
泣いて泣いて笑顔くれたら
僕の傍にずっと…

窓辺から差す朝日が
いつもと違く見えた
気が重いのは
先が見えたからだろう
花瓶に揺れる見舞いの花が
枯れる頃は
君を残し全てを捨てて
何処か遠くへ

君はいつも励ますように
ふざけてみて
明るく接し自分の事よりも僕を…

辛いでしょ?
こんな姿を見てるのは
疲れたと素直に言えばいいのに
君は嫌な顔一つせず
ただ優しくて
僕を抱きしめて泣いてくれた

生きたいよ死にたくはない
想う度涙は零れ
生きたいよ君の為に
何一つしてあげれてない…


暫く寝てしまっていたようだ
隣には君の香りだけが残ってて
何だか胸騒ぎがしてたんだ
不安が込み上げる

そして日は経ち
帰り待つ僕に届いた
一枚のメモは君からで
記されてた事実に言葉無くし
壊れたように泣き叫んだ

-メモ-
ごめんなさい 勝手な事して
ただ貴方を助けてあげたかったの
貴方の為に死ねるのなら
それが私の幸福なの…


僕の中で君はいつも
見守って呉れてるんだね
目を閉じて君を想えば
笑顔だって忘れないよね


これからもずっと
同じ景色を見続けて生きて行こう
窓辺から差す朝日と潮風に
吹かれ眠ろう


────────



本当はもっと歌詞に沿って書きたかったけど臨也の性格をちょっと曲げるのに限界がありました←



この歌詞で臨也ですが次はこれのサイドストーリーでシズちゃんの話です。







2012.01.20.紅月
2020.08.19.移動

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