黒い鉄の惑星 | ナノ



夢を、見た。怖い、恐い、こわい夢を。
その夢のおかげで起きるはずのない夜中に起きてしまい、汗をだらだらかいて心臓はばくばくと音をたてている。

今でも思い出すだけで背筋が凍るような感覚に陥る。妙にリアルだったあの夢は、この上なく絶望的なものだった。


───少佐は?


過った可能性に、血の気が引いていくのがわかった。自室を飛び出して息が切れるくらい全力で走って少佐の部屋の扉を思いっきり力一杯開けた。すると、ベッドの上で体を起こしている少佐と目が合う。驚いたように見開いているその瞳に、ほっと胸を撫で下ろした。

「こんな遅くにどうしたんだい、なまえ」

少佐の声が鼓膜を優しく震わす。それがひどく心地よくて、そして酷く安心してしまって、そのままベッドの近くまで歩みより床に座り込んでしまった。
不思議そうにこちらを見る少佐とカチリと目があって、なんだか吸い込まれてしまいそうになる。

「怖い夢を、見たんです。少佐がいなくなる、夢を」

言葉に出すだけでも恐ろしかった。汗が出ているはずなのに、指先はあまりにも冷たくて、口の中も嫌というほど乾燥して、うまく呼吸ができているかも自分ではわからなくて。

少佐がいなくなったら。

考えたくもない仮説が浮かんでは消え、そしてまた浮かぶ。

「なまえ、それはただの夢さ」

ゆったりと、落ち着かせるような声色で吐いた少佐の言葉はどこか違和感があるように思えた。それでも、少佐の言葉は絶対。この人は本当に素晴らしくて、偉大で、尊敬できる人。だから信じる他選択肢は存在し得ない。少佐のおかげで、私は生きてこられたのだから。

「見てごらん、ほら、月が綺麗だよ」

促された夜の空に目を向ければ、黄色い円が視界に入る。どことなく儚げで、神秘的で、遠くにあるそれは、やはり手を伸ばしても届かない。遥か向こうにある月を縛るのはこの惑星の向心力。

「…少佐、」

「僕はここにいるよ」

安心させるように、冷たくて大きいけど華奢な手のひらが、私の手を包み込んだ。

少佐は私にはとても遠い存在で、決して私の届く範疇にはいない。そんな境遇にいるのは私だけに限ったわけではない。少佐を縛るのは過去の憎しみだけ。

月は遠心力で年々遠ざかっていると聞いた。少佐も、いつか過去の戒めから解放されて自由に生きられる日が来るのだろうか。


月明かりに照らされている少佐の肌は一際青白く見え、より一層神秘的に見えた。少佐の口許が端整な弧を描く。消え入りそうな、儚い微笑みだった。

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