黒い鉄の惑星 | ナノ



バン、と突然大きな音をたてて明かりのない部屋の中、扉が開けられた。驚いてそちらを見れば、そこには息をきらし肩を上下させ焦っているようななまえの姿があった。

「こんな遅くにどうしたんだい、なまえ」

「少佐……よかった」

なまえは話に噛み合わない台詞を吐き出して、力が抜けたようにその場にへたりと座り込んでしまった。暗くてよく見えないが、額には汗が滲んでいるようにも感じられた。

「怖い夢を、見たんです。少佐がいなくなる、夢を」

言葉を一句一句噛み締めるように、か細く震えた声で確かにそう言った。


彼女は予知能力者ではない。しかし超度は高くないにしても、念動能力や接触感応能力、遠隔透視能力といった、歴とした複合能力者ではあった。


何度も見慣れた夢とはいえ、やはり自分が死ぬ夢を見たあとの目覚めは悪い。死に対しての恐れはとうの昔に捨てたが、長かった生を終えるというのは今でも不思議な感覚である。
一度死んだと言っても過言でないような人生だった。テロメアを無理矢理操作して衰弱を抑えてはいるが、この身体は随分前から至るところで軋み悲鳴をあげている。予知夢を見なくたって自分の終わりが近いことなど、手にとるようにわかりきっていることだった。

「なまえ、それはただの夢さ」

彼女は自分が予知能力者に目覚めたことに気付いていない。別に気付いたところで結末が変わるわけでもない。この未来はもう近いのだから。だったら愛しい人に心配させるわけにはいかない。絶望させるわけにもいかない。なまえは、なにも知らなくていい。それが彼女を悲しませることになるとしても、今ここで自分の死を告げられる程の覚悟はない。彼女には今まで通りに接していたい。普段通りに過ごして生を終えたい。そんな風に思う僕はただの我が儘者だろうか。

「大丈夫、君はなにも心配しなくていいんだ」

手を伸ばしてなまえの頭を撫でる。それでも未だ気に掛けるような視線を向ける彼女に、笑みが溢れる。

「見てごらん、ほら、月が綺麗だよ」

窓の外へと対象が変わり、彼女はその暗闇の奥をじっと見つめる。

「…ほんとだ、きれい」

そう言ったなまえの瞳には涙の膜が張っていて、月明かりに反射してきらきらと煌めいていた。星も見えないようなスモッグに浮かぶ月よりも、大気圏を越えた宇宙空間で輝いている星のように穢れのないなまえの涙がほうがずっと綺麗で美しくて幻想的だと思った。

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