fiction | ナノ
私はある日、恋をしました。いえ、恋をしているのだと気付いたと表す方が適切でしょう。何処にでもある普通の恋と一括りにしてしまえば聞こえが善いかもしれません。しかし私が心惹かれたその子は、紛れもない女の子でした。
始めは友達だと思っていました。明るくて活発で優しくて話し掛けやすい子で、困っているときはいつも決まって助けてくれたし励ましてもくれました。そうして親睦を深め距離を縮めていく内に、私の中であの子は親友の枠をはみ出してしまったのです。


「まさかなまえが海に行きたいなんて言うと思わなかったなあ」

「ほら、この時期の海って人も居ないし、江と来てみたかったの」

半分は本当ですが、半分は嘘の言葉でした。思い付いたのが海だったということと、海なら江も喜んで頷くだろうと思ったから提案したのでした。別に私は彼女と行けるなら何処でも良かったのです。それこそ、何の変鉄もない教室に居るだけでも、私には十分過ぎるほど幸せなのです。

好意を抱いている人に平然と笑みを浮かべて嘘を吐けるなんて、改めて自分は厭らしい人間だと思いました。けれど、それでも良いのです。彼女と笑っていられるのならば、周りになんと言われても、どう思われようとも痛くも痒くもないのです。


少し強めの潮風が吹きます。彼女の赤褐色の髪が風を目一杯含んで広がり、そしてしなやかに靡きました。
綺麗だと感じました。艶かしいと感じました。誰にも見て欲しくないと感じました。誰にも触れられて欲しくないと感じました。
しかしこんな私の望みなど、きっと叶わないのでしょう。そんなことは疾うに知っています。だって彼女は私と違って普通の“女の子”だからです。


彼女は私の密やかな思いなど予想もしていないでしょう。そしてこれから先も、私の恋心なんて微塵も知ることなく私から離れてゆくでしょう。でも仕方のないことです。出会いがあれば別れもあると昔の人は言いました。そんなものはわかっています。だけど矢張りいつか来るその日を考えるだけで、胸は張り裂けるような苦痛を感じるし目の奥からはじわりと涙が滲みます。それほど私が彼女のことを愛しているという証なのかもしれません。

これではまるで懺悔です。誰に対してのものなのかは、自分でもわかっていません。普段は信仰もしていない神仏さまにでしょうか。レズビアンを快く思っていない社会にでしょうか。私を産んで育ててくれた両親にでしょうか。はたまた、私が愛した彼女にでしょうか。

いくら考えても答えは出ません。もしかしたら解答などないのかもしれません。でももうどうでも良いのです。何故なら今彼女の隣に居るのは、他の誰でもない、私なのですから。

「なまえ、折角だから裸足になって脚だけでも海に入ろうよ!」

江が私に微笑みました。湛えられた可愛らしい笑顔と差し伸べられた彼女の手。私は静かに頷いて何もない右手を重ねました。さらりとした温かい手の平に、心臓が激しく鼓動します。


そう遠くない未来、今繋いでいる彼女のこの手が永遠に離れてしまって私の心が死んで腐ってしまったとしても、私はこの日を一生忘れはしないでしょう。

「行こう」

熔けるような彼女の茜色の瞳には確かに私が望んでいた幸福が棲んでいたという事実に、気付いてしまった今日この日を。


茜さす叙情


(殺め損ねた感傷と祈り)

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