おまえの抜け殻は酷く美しい | ナノ
高校生になってから、少し経った。真新しい制服も着馴染めていなく、なんだか少し不格好だ。クラスも当然知らない人ばかりで日常会話はするが、遠慮というしこりが邪魔をしていて、まだ壁があるように感じる。

影山は、どうしているだろうか。白鳥高校から来るはずだった推薦は来ず一般で受けたが、残念な結果に終わり烏野高校に入学したと顧問に聞いた。

バレーを嫌いになっていないだろうか。まだ続けているのだろうか。仲間とは、うまくやっているだろうか。訊きたいこと、知りたいこと。たくさんある。しかし、今の私にその手段はない。
メールアドレスも知らない。電話番号も知らない。家も知らない。別の高校だとはいえ、もしかしたら通学中すれ違うかもしれないと思ったが、生憎私の通っている高校と烏野は逆の場所。もし近かったとしても本当に私が訊けるかなんて、わからないが。

「元気、かなぁ…」

ぽつり、と溢れた言葉。
声を交わさなくてもいい。連絡をとらなくてもいい。目を合わさなくてもいい。遠目からでも影山を見られたら。少しでも楽しそうにバレーをやっている影山を見られたら。こんな臆病者がこんな我が儘を言っていいはずなんてないけれど、それでもいいから、コートの上に立ってる彼が見たい。


すると、まるでそれに答えたかのように、メールを知らせるバイブ音が鳴った。
手を伸ばし受信ボックスを開く。宛先は、及川先輩からだった。

《明日、青葉城西高校の体育館においで》

及川先輩からのメールには、ただそれのみが書かれていた。メールをくれるときは大概色とりどりな絵文字と黒い活字が、まるでクラスの女の子と同じように並べられているというのに。
しかし、今の私はこの短文がいったいどんなことを意味しているのか、明日なにが先輩の高校の体育館で行われるのか、すぐにわかった。


影山はバレーを続けていたんだ。コートに立つんだ。ずっと追い続けていた及川先輩と当たるんだ。


いつか影山が言っていた。絶対に及川さんに勝つんだ、と。
あの頃ひっそりと心に描いていた影山と及川先輩の試合が、ついに明日行われる。

予想もしなかった出来事に動悸が早まる。
及川先輩のことだ。きっとなにか思惑があるのかもしれない。企んでいるのかもしれない。
でも、それでも構わなかった。どんなに揶揄されたって関係ない。それで影山を一目見られるなら。彼が今もバレーをやっているところを見られるなら。

こんな風に彼の姿を思い浮かべるなんて、まるである特別な感情を持っているかのようだと感じた。
しかし、ふとあの日のことがちらりと脳を横切った。そうしてはっとする。違うんだ、きっと、私が彼に抱いている感情はあの日の彼に対しての罪悪感でしかないんだ。影山がバレーを止めてないのをこの目でしっかりと見て、それであの日のことをなかったことにしたいんだ。だって、あれはマネージャーであった私も加害者なのだから。

そうだ、私はひとりの少年として楽しんでいたバレーを、私のせいで、嫌いになっていないということを確かめたいだけなのだ。なんて最低な人間なのだろう。なんて卑しい人間なのだろう。

優しくて、いつも笑顔で、思いやりがある。そんな人間になりたかった。誰にも好かれるような素敵な人間に。でも無理だった。ほら、こんなにずる賢くて都合の良い奴になってしまった。

そう。だから、違うの。きっと。この気持ちは、そういうことなの。

過去の汚点を消してしまいたくて、影山があの日のことをなんとも思っていないと思い込みたくて。そんなこと絶対に有り得ないというのに。こんなの絶対に傷付くというのに。まるで私は自分が可愛いだけの馬鹿な女だ。

携帯をきつく握り締めながら、馬鹿だなぁ、なんて掠れた声が零れた。