「なまえー呼ばれてるよー」
仲の良いクラスメイトにそう言われ教室の扉に目を向ければ、影山の姿が視界に入った。
普段は部活の業務連絡で私から彼のクラスへ行くことの方が遥かに多いから、少し驚きすぐさま駆け寄った。
「どうしたの?」
「あー、その、数学の教科書って持ってるか?」
要は忘れ物をしたらしい。確かに数学のあの先生はやたらと生徒に当てたがるから、ないと不便だ。
「持ってるよ、ちょっと待ってて」
数学は一時限目にあったばかりだから持っている。鞄を開けて、目当ての教科書を取り出した。
「はい、これ」
安心したように頬を若干緩ませて、それを受け取った。
「悪ぃ、借りる」
そう言って彼はそそくさと自分の教室へ行ってしまった。時計を見れば、授業開始の一分前。はて、次は何の授業だったか。
「なまえ、今のって男バレの影山?」
先ほどとは違うクラスメイトが彼の名前を口にした。無言でコクリと頷くと、羨ましそうに声を上げた。すると、何やら他の女子も集ってくる。
影山は確かに背も高くて格好良い男子で有名だ。バレーも飛び抜けて上手いし、部活も真面目に取り組んでいる。後輩の女子からも人気が高い。影山目当てで部活に見に来る子も多い。
だから私がマネージャーをやっているということもあって、彼の話は度々される。イケメン。カッコイイ。どれもこれも聞き飽きた単語ばかりだった。しかし、そんな彼の話は、いつも誰かのこの一言で締め括られる。
「でも、影山って性格超悪いらしいよ」
自己中。我儘。友人が次々と並べていくこれらの単語を聞く度、私はどうして良いかわからなくなる。マネージャーとして、大切な選手のサポーターとして、大きな声でヒステリックに叫び、庇えば良いのか。それとも、友人たちに合わせて愛想の良い薄っぺらな笑顔を貼り付けてヘラヘラ笑っていれば良いのか。
私にはどちらも出来なかった。誰にもバレないよう静かに下唇を噛み、自分の不甲斐なさ恥じた。
すると授業開始の鐘がなり、国語の先生が教室に入ってきた。集まってきた女子たちは焦りの声を漏らし、各々の机へと戻っていく。そんな様子にわかだまりを抱きながら、席へと戻る。結局、私は弱いのだ。自分を捨てて誰かを庇うことも、誰かを捨てて自分だけを守ることも出来ない、ただの意気地無し。
椅子を引く音がやけに耳に響いて、少しだけ泣きたくなった。