大嫌いな優しい人 | ナノ

あれから丁度一週間が経った。そしてあの日を境に私と橘真琴が目を合わすこともなくなった。それもそうだろう。話したことのないクラスメートに睨まれ続け、いざ話し掛ければ突拍子もなく暴言を吐かれたのだ。いくら私以外の人から優しいと評判の彼でも、さすがに腹が立ったに違いない。でもそれでいいのだ。だから視線を交わすこともなくなったのだ。あんな陳腐な笑顔を向けられることもここ一週間なかった。あのとき、彼と予期せず出会ってしまったのは気に食わなかったが、あれが今この状況の切っ掛けになったのだと考えれば安いものである。


しかし、そう思えていたのも束の間だった。

「……ごめん」

脇目には図書室から借りた資料とレポート用紙。正面には自分の筆箱と、もう目を合わすこともないと思っていた、橘真琴が座っている。

こんなことになった原因は、今日の三限にあったオーラルコミュニケーションの授業課題にあった。机の端に置いてあるB4の紙を見る。課題内容、与えられたテーマについて期日までに二人組で調べ纏め、英語で発表。尚、ペアは教員側が決める。

そこまで目を通し、蘇る不快感に顔を顰めた。何故依りに寄って橘真琴とペアなのか。いったいどういう基準で組まされたのか。気分は最悪。そしてこの苛立ちがあと三週間も続くのだと考えるだけで心は重い。


橘真琴が今度はもう一度「ごめん」と言った。それがまた私の怒りを刺激する。ねえ、それって何に対しての「ごめん」なの。「僕が存在していてごめんなさい」?違うでしょう。その場凌ぎの「ごめん」でしょう。困ったら取り敢えず謝ろうって魂胆なんでしょう。全部お見通しだし、見え透いた謝罪なんて何の役にも立たない。現に、あんたが謝ったってどうにもならないじゃない。


「そう思うなら帰れば」

私が言った台詞は、静かな図書室の空気に馴染むこともなければ響くこともなく居心地の悪さだけを残した。橘真琴は悲しそうに眉の端を下げる。だけどそんなもの、私には関係ない。どうだって良いのだ、彼の事情なんて。だって私はこいつが何よりも大嫌いなのだから。気にする必要なんてない、気を遣う必要もない。

「資料集めも英文も、全部私がやるからもう帰って」

「で、でもそれじゃあみょうじさん大変だろ、だから俺も」

「煩い。そういうの要らない。言ったでしょ、私あんたのこと嫌いなの」

こんな課題を全て一人で終わらせることがどれだけ苦しいかなんて、勿論わかっている。だから二人組にしたのだろう。でも、それ以上に私は橘真琴と同じ空間で同じ空気を共有するのは嫌なのだ。だったら多少辛くても一人で作業する方がずっと良いと思った。


「みょうじさん」

彼が帰る気配は微塵もない。すぐに引くと思っていたのにそれは違ったようだ。舌打ちしたくなる今の現状にうんざりした。面倒臭い奴。しかしだからと言ってこのままで居られる程私は出来た人間ではない。誰にでも優しくて平等で底が見えない笑顔でにこにこして着飾るような人間と共に何かを作業するなんて、悪寒が走る。

もう、帰ろう。付き合っていられない。借りなければいけない資料は手元にあるし、英文だって辞書さえあれば家でも出来る。ここにいる理由は既にない。橘真琴と居なければいけない理由は、もっとない筈だ。
身の回りの私物を片付ける。あと一足早く思い付けば良かった。そうすれば無駄な時間も労力も費やさずに済んだのに。レポート用紙やら筆記具やらを広げていた、十分前までの己を撼んだ。

最後に筆箱を鞄に詰めてファスナーを閉める。橘真琴に再び呼び掛けられるが、無視をして図書室を出た。四時三十分とちょっと。先週と同じで、晴れ晴れとしない嫌な夕方である。
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