『瞬とモブ』
「……あの、よかったらこれ二つあるので使ってください」
彼女は俺の救世主だ。
「さっきは助かった。まさか俺としたことがエコバッグを忘れるなんて……!」
「ここのスーパー、エコバッグポイントつきますからね〜」
「あぁ、お陰で貴重なポイントを逃さずに済んだぞ」
レジ前で立ち往生していた所に声を掛けてきたのは、最近、真壁や草薙がよく話題に挙げる上にあの仙道のターゲットになっているクラスメートで。
俺も名前だけは知っていた。
「楢川は親切だな」
「いえ、そんな……」
謙虚な姿勢にも好感がもてる。
無駄に騒がしい女子と違って、地味だが清潔感があるしな。
何かお礼をさせてくれ、と言えば、一番近いヴィスコンティのライブチケットを購入してもよいかとの事で驚く。
しかもこの俺が一割引にしようかと尋ねたが定価でイイ、だと?
そして当然のように全額一括で支払ってくれた。
本当にイイ奴だ。
ライブ当日。
無意識に会場で楢川の姿を探したが、ライブ中に見つけることはできなかった。
「……七瀬君!」
「……!楢川、か……?」
「あ、あの、すみません。バンドのヴォーカルの方に、呼び止められて、楽屋の方まで……っ」
「いや、それは構わないんだが……」
何故か違和感を拭えずにまじまじと彼女を見つめる。
「……そうか。私服で、化粧をしているからか」
「え?」
「あ、いやスーパーで会ったときも制服だったからな。今日は、雰囲気が違う気がして」
「そうですか?自分じゃよく分かりませんが……、それを言うなら七瀬君の方ですよ!」
今まで見たことのない楢川の表情が、増えていく。
少し上気した笑顔で、彼女はこう告げた。
「ライブ中の七瀬君、いつも以上に……素敵でした……っ、すごく、すごくかっこよかった……!」
真っ直ぐな瞳に見つめられて、彼女なら俺の本質ごと受け入れてくれるんじゃないかなんて、愚かな考えが頭を過ったのは。
確かな事実だ。
(12/8/6)
[ 72/189 ]
[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]