具現化偶像


「一ノ瀬君」


落ち着いたアルトの声が私を呼ぶ。
すぐに声の主を察して、振り返った。


「何か用ですか、楢川さん」

「日向先生が呼んでたよ」

「……ありがとうございます」


淡々と告げる彼女に一瞬、物足りなさを感じる。

私達は決して親しい間柄ではないのだから、その態度はあくまで自然ではあるのだけれど。

彼女にとっての自分は、ただのクラスメートでそれ以上でも以下でもないのだと思い知らされる。


「……あ」


立ち去ろうとした彼女が、不意に足を止めた。

それだけで私の胸は落ち着きなく早鐘を打ち始める。


「ねぇ、一ノ瀬君。再来週の土曜とか、空いてないかな?」

「……え?」


頭のなかで、スケジュールが一気に駆け巡る。

しかし、残念なことに彼女の提示した日付は、HAYATOとしてトークライブを行わなければならない日だった。


「あの……申し訳ないのですが、その日は既に予定が……」

「ふふっ、そうなんだ」

「……?」


突然笑みを溢す楢川さんに、思わず訝しげな視線を送ってしまう。

すると彼女は魅力的な笑みを浮かべたまま、此方を見透かすような瞳を向けてきた。


「その日ね、HAYATOのトークライブに行くの。チケットが二枚取れたから、誰か誘おうと思って」

「……っ」


動揺するな。

自分にそう言い聞かせる。

まさかの発言に、巧く言葉が出てこない。


「別の人、誘うね」


それじゃぁ、と彼女は何事もなかったかのように歩き出す。

しかし、通り過ぎ様に、私の耳元で小さく囁いた。



「……会えるの、楽しみにしてる」



大きく心臓が脈打ったのは、恐怖からか。



振り返ったときには、彼女の後ろ姿すら捉えることは出来なかった。









――――――――――
遂に手をだしちゃった感。トキヤは好きなコに翻弄されてアタフタしてればいい。
(11/10/09)

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