救世主、きみ。





「何を言われても私は、私の必要と思うことをやるだけだから」



目の前の楽譜を見つめたまま告げれば、音楽室の長机に寄り掛かるようにして立っていた和成はカラカラと笑った。



「真ちゃん的に言うとユラは人事を尽くしてる最中な訳ね」

「……緑間がどうだか知らないけれど、余計なことに気を取られたくないのよ、今は」



私をよく知らない人間は私のことを冷たいと遠ざけ、好んで近づいて来る人なんていない。
逆に私をよく知る人間は、今の私には敢えて近寄らないだろう。

では後者と呼べる黒髪の幼なじみが、なぜ放課後の貴重な時間に私に声を掛けたのか。



理由は簡単だ。

個人のコンクールを優先し、学校行事である合唱コンクールの練習にまともに参加しない私に不満を持つクラスメートからの苦情代理。
といったところ。



「……第一、貴方を通して私に話がくるのは可笑しいでしょう?」

「まぁそれは、あれっしょ。オレ、ユラの幼なじみだし」

「だからといってクラスメートの不満の代弁者になるのはどうかと思うわ」

「別に不満の代弁しに来たわけじゃねーよ?」



此方の言葉をふわふわと交わされ思わず眉を寄せれば、やっぱり彼は笑うのだ。

いつもそう。
他人の不快に当てられれば、普通なら不愉快になるはずなのに。



「……、和成は何でいつも笑ってるのかしら」

「へ?」

「私、貴方があからさまに不愉快な様子をみせたところ、見たことがないわ」

「……そぉか?……あんま考えたことねーわ」



難しいこと考えんの、苦手だしな。



そう言って無邪気な表情を浮かべる和成。
そんな彼が、私はいつも羨ましくて、眩しい。



「ユラ」



無意識に少しだけ俯いていたらしい。
名前を呼ばれてハッと顔を上げれば、彼はすぐ横に来ていた。



「オマエはオマエのやりたいようにがんばれよ。オレに出来る範囲でフォローすっから」

「……、ありがとう」

「お、ユラのデレ、久しぶりじゃね?」

「デレてない!!」



その笑顔に、いつも助けられてるなんて。



悔しいから絶対口にはしないけど。










――――――――――
迷走したのち迷子。
(12/12/18)


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